2ちゃんねるの崩壊と転生

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僕ぐらいの年齢のネットユーザにとって、2ちゃんねるへ抱く感情はとても複雑だ。僕が「ネットサーフィン」なるものを始めた頃はだいたい2003年か2004年頃だったと思うが、この時期の日本のインターネットは2ちゃんねる的な文化にどっぷり浸かりきっており、日本のインターネット文化とは即ち、2ちゃんねるの文化そのものであると言っても過言ではない状態だった。

当時はまだ今ほど動画サービスは巷にあふれておらず、代わりにFlashコンテンツ製作が隆盛を極めていた。僕達の世代は2ちゃんねるの文化を主にFlashから吸収していったのだ。大量のFlashを面白がって見ている内に、無垢な小学生であった僕達はそれらの文化を構築した2ちゃんねるの住民、いわゆる2ちゃんねらーに対する純粋な尊敬と憧憬を持つに至った。

かくのごとくユーモラスで刺激的なコンテンツを製作し伝播する人達は、きっと驚くほど活発的で面白く、人間的魅力に溢れた存在に違いないなどと無邪気に期待していたのである。そのような人達とコミュニケーションを図りたいと思うのはごく自然な欲求であった。

しかし、実際に2ちゃんねるにアクセスし、期待を胸におぼつかない文章で無数の「名無しさん」に対して話しかけてみると、返ってきた反応は実に冷淡で非情なものだった。もっとも、ろくに知性も備わっていない小学生の会話を真摯に受け取る大人はいない。それは学校の教師や地域の住民、または親の仕事である。彼らの反応は、いかなる相手でも対等に接する匿名掲示板の文化では妥当なものだったのだ。

とはいえ、小学生にそのような概念を理解できるはずもなく、当時は単純にショックを受け、彼らを畏怖し、あるいは嫌悪するのみに留まった。それからはある程度の年齢に達するまで、2ちゃんねるの文化とその住民に対する感情は畏敬に近いものだったように思う。

このように、2ちゃんねるは僕や僕の世代の人達に対して一定の文化的影響力を持っていた。今となっては他のSNSや動画サービスの有名人に影響力を奪われてしまったが、今でも「国内最大の便所の落書き」としてのプライドとその存在感は衰える所を知らず、これからもそれは維持されていく…はずであった。実は現在、2ちゃんねるは崩壊の危機を迎えている。

管理人の追放と革命

2ちゃんねるの創設者は「ひろゆき」と名乗るタラコ唇の人物である。彼は以前に存在した「あめぞう掲示板」の予備として設立した2ちゃんねるを、あめぞう掲示板の閉鎖に伴って発生した難民の吸収によってここまで成長させた。その功績自体は真っ当に評価されるべきだろう。

しかし、時代が進みSNSや2ちゃんねるまとめブログの台頭によって、2ちゃんねる本体に対するアクセス数は日に日に低下していく事となった。広告収入が徐々に減っていく中、ひろゆき氏は本来なら支払うべきサーバ代金等を次第に滞納するようになる。サーバを運営するRace Queen社はこの対応にある時期までは堪えてきたが、ついに我慢の限界が来て「革命」を決行した。

以前、ニュース等でも時折報道されていた通り、2ちゃんねるは誹謗中傷や名誉毀損の責任を度々問われており、これまでに何度も敗訴している。ひろゆき氏はシンガポールのペーパーカンパニーを利用する事でその賠償責任を免れてきたが、とうとうそれも当局に看破されるようになり、彼は全ての所有権を表向きRace Queen社のJames Arthur Watkins氏に委譲していたのだ。

Race Queen社はフィリピンの企業なので、これにより当局からの追求を躱す事ができていたが、ひろゆき氏はサーバの代金を滞納し続けていたために後ろから刺されてしまったのだ。James氏(以下、JIM氏)は彼から委譲されていた所有権を基に2ちゃんねるの正当な所有者を名乗った。サーバの権限は全て変更され、ひろゆき氏は運営からもシステムからも完全に締め出される事となった。

かくして「革命」は成功した。これがスムーズに進んだ理由は、2ちゃんねるの住民の大半がこれを受け入れた所にある。彼らはこの頃流行している「2ちゃんねるまとめブログ」によって自らの書き込みが不当に改竄、転載される事に憤っていた。「まとめブログ」の管理人達は書き込みの恣意的な抽出や改竄によって過度の意見対立や誹謗中傷を生み、アクセス数を増加させる事で莫大な広告収入を得ていたのだ。

2ちゃんねるの住民達はこれらを「アフィカス」(アフィリエイト+カス)と呼んで侮蔑し、彼らによって齎される数々の風評被害と偏見に抵抗していたが、ひろゆき氏はこれまで具体的な対策をほとんどしてこなかった。そんな彼らにとって管理人の変更と運営陣の刷新はこれまでの状況を変えられるまたとない機会であった。

強権的で役に立たないAPI

住民はJIM氏が「アフィカス」を追い込んでくれる事を期待していたが、JIM氏はそれよりもずっと優先順位の高い問題に追われていた。資金源である。もともとサーバ代すら滞るほど広告収入が得られていなかったので、彼はすぐにでも収益を増加させる方法を見つけなければならなかったのだ。ひろゆき氏はその頃「2ch.sc」という、2ちゃんねるの書き込みを全自動でコピーする完全な複製サイトを作って対抗しようとしており、このコピーによって2ちゃんねるに生じるサーバ負荷もJIM氏の悩みの種だった。

JIM氏はこの両方を解決するために専用のAPIを開発する案を思いつく。これを2ちゃんねるユーザの大半が利用している各種の専用ブラウザーに搭載させる事で広告を表示させ、APIを経由しないデータの取得を一律で禁止してしまう事にしたのだ。この案はすぐに実行に移された。

そのAPIが住民の前で発表されたその時、彼らのJIM氏への期待は一気に疑念へと変わった。そのAPIを使用するには、共同開発者であるJane Styleの作者から許可を得る必要があったからだ。Jane Styeは数ある2ちゃんねる専用ブラウザの中で最も高いシェア率を持つが、他の専用ブラウザのコードを盗用したりプログラムにスパイウェアを紛れ込ませたりした過去から、当時を知る住民に忌み嫌われていた。

言ってしまえば、これまで住民が戦ってきた「アフィカス」とほぼ同様の存在なのだ。そんな人間がAPIに関する主導権を握るというのだから堪らない。住民は当然反発した。しかし、JIM氏はこれを一蹴し、まったく聞く耳を持たなかった。まるでこの流れは全てが既定路線であるかのようだったのだ。

そう、住民は今更になって悟ったのである。JIM氏もまた、単なるビジネスとして2ちゃんねるを運営しているだけに過ぎないという事を。「アフィカス」の追求は運営の利益に反する時のみに行われ、住民を風評被害や偏見、作為的な対立から保護する気はまるで無いのだという事を。

それどころか、住民から専用ブラウザを自由に選択する権利も奪おうとしているのだ。Jane Styleの作者がひとたび「お前にはAPIを提供しない」と言えば、APIの全面施行以降は専用ブラウザとしての機能を失ってしまうのだから。事実、彼は好き勝手に強権を振るい、既にいくつかの専用ブラウザを事実上の開発終了に追い込んでいる。

当初、住民の中には諦めてこれに迎合し、APIに対応したJane Styleを使おうとする人達も少なからず居た。しかし、蓋を開けてみるとそのAPI認証キーはJane Styleのプログラム内から簡単に取り出す事が可能だと判明してしまったのだ。これでは「アフィカス」もひろゆき氏も倒せない。ただ住民が不便を被るだけの役に立たない代物ではないか。彼らは単に手早く金を稼ぎたいだけだったのだ。

移住

そこで住民はひろゆき氏でもなく、JIM氏でもない、全く新しい別の掲示板に移住する事を決意した。現在、移住先には英語圏で最大の規模を誇る掲示板サイトの「Reddit」が有力視されている。全く異なるインターフェイスのサイトへの移住はこれまでに例がない。しかし、APIが全面的に施行される3月2日までに住民は腹を決めなければならないのだ。

この移住が成功した場合、恐らく2ちゃんねるは閉鎖を余儀なくされるだろう。ユーザが減少すれば広告収入も下がる。崩壊は免れられない。それでも2ちゃんねるの文化を受け継いだ移民達がRedditを始めとする様々な移住先で生き残り続ける限り、彼らの文化は永遠である。