走る棺に揺られて

先週の半ば頃、ボイスチャットで友人Fと会話していたところ、急きょ福井旅行の計画が持ち上がった。話によるとFは週末に遠距離恋愛中の彼女と会うつもりでいたが、相手の都合が折り合わず予定に空きができてしまったそうだ。

そこで彼は僕を福井に呼び、オフ会を兼ねて観光案内もする事で週末の予定を埋めたいと提案してきた。夜行バスの料金から食費、さらには自宅を宿泊場所として提供するという至れり尽くせりの好条件だったので、僕はFに表向き申し訳無さをアピールしつつも二つ返事で快諾した。

相手にここまで負担させるのは道徳に反している気もするが、実質無料の旅行を拒める人などそうそういるものではない。

Fとはインターネット上では十年以上の長い付き合いになるが、彼は都会が嫌いで東京近辺まで来る事を好まず、僕は福井に特別な関心を持てなかったのでこれまで行く機会がなく、そのため今回が初めての会合であった。

彼が予約した夜行バスに搭乗すると、悪い意味で色々な期待を裏切られた。福井まで九時間もかかるというのにトイレがなく、物を置くためのトレイも備わっておらず、シートそのものも狭くて固い。数時間ごとにトイレ休憩があるとはいえ、裏を返せばそれまで我慢を強いられる。

夜行バスで睡眠するつもりだったので、入眠しやすいように前日の睡眠時間を削ってきたのだが、この環境ではどう頑張っても眠れる気がしなかった。かといって室内は完全に消灯されるので暇つぶしもできない。なんだかLCCが豪華客船に思えてくる。

こうして僕はとてつもなく居心地の悪い空間で睡眠はもちろん何もできないまま揺られ続けたのだった。さながら夜行バスは走る棺のようであった。鮮烈でもなく過激でもないが、それぐらい延々と空虚で虚無的だった。

九時間後、僕は棺から追い出されたミイラのような気分でバスから降りてFを待った。運転免許すら持っていない身分なのでよく解らないが、彼の自動車はおそらく刺激的なドライブを重視して作られたのだろう。外見からしてそれが判った。

加速するたびにエンジンが激しくうなり、身体が前に持っていかれそうな衝撃が走る。急カーブを曲がる時などはジェットコースターのそれを彷彿させた。しかし、体感的にはそれほど不快ではなく、むしろ夜行バスよりもずっと快適だった。

まず初めに僕たちは福井県立歴史博物館に向かった。そこでは福井に縁のある人物や歴史に関する資料が展示されていた。丸木利陽という福井出身の写真家が撮った作品が数多く並べられていたが、個人的にはそれよりも彼がデザインした台紙や名刺の方に強く惹かれた。現代でもレトロデザインとして十分通用するように思えたからだ。

その他にも福井から出土した土器や遺物の紹介から始まり、後の方には「昭和の暮らし」と題して当時の家屋や室内を再現した展示物や、当時流行していた雑誌や家電までもが整然と並べられていた。百円の入館料にしてはかなり気合いの入った博物館だった。

昼食はFがすすめる店で越前おろし蕎麦を頂いた。底の浅い小さい器に盛られた蕎麦の上に鰹節がかかっており、それを大根おろしが入った蕎麦汁につけて食べるという形式の蕎麦料理なのだが、ある程度食べ進めてからある違和感に気づいた。なぜか同じ蕎麦が二つ供されているのだ。

もっと大きい器なら一つで足りるように思えるが、なんでもこのサイズ感が越前おろし蕎麦の伝統的な様式らしい。かといって一つでは量が少なすぎるので二つの器で賄われているとの事だ。その説明で得心が行くかと言われれば難しいが、蕎麦自体はとても美味しかったのでまあ良しとする。

二人でシェアして食べた鶏雑炊も東京近辺ではあまり見られない薄めの味付けで、蕎麦と合わせて食べる上でたいへん塩梅が良かった。店内の窓から見える日本庭園も独特の風情があり、国内とはいえ遠い土地に来た事を実感させられる。

その後、福井で最大の観光名所と呼ばれる福井県立恐竜博物館に向かった。よく知られているように福井県は恐竜の化石が頻繁に出土する地域で、その地名を冠した恐竜もいるほどである。恐竜を専門に取り扱う博物館があってもおかしくはない。

実際、館内の展示物の迫力には思わず圧倒されてしまった。目に見てわかるその壮大さと、それを支える資料や説明の精細さが、この博物館の威厳と価値を実直に証明している。寝不足でなければもっと集中して観覧する事ができただろう。撮った写真も露骨に焦点が合っていない。

初日の締めくくりとして最後に東尋坊を見に行った。傾斜は緩いものの、その側面はベタなミステリードラマで犯人が追い詰められる崖を想像させられる。足元はごつごつとしていて睡眠不足の身体には堪えたが、やや遠くに離れ小島を望む海原には一見の価値があったように思える。

こうして眠気に襲われながらもすっかり満足して帰路についた。実質、徹夜して観光したのと同じようなものだ。設備の整った銭湯でひとしきり楽しんだ後、泥のように眠った。目を閉じるとすぐに意識が途切れ、次の瞬間には朝になっていた。

二日目は雨だった。Fに無理を言って金沢まで連れて行ってもらい、かの有名な金沢21世紀博物館に向かった。先日の福井県立歴史博物館もそうだったが、美術館は特に写真撮影が厳しく禁じられており、具体的にどのような絵画だったか説明する事はできない。

というのも、僕たちがその日に見た個展はかなり前衛的な色が濃く、素人目にはどう形容して良いかよく解らない作品群だったからだ。説明を読んでもいまいち理解が追いつかない。普段見慣れないものを拝見できたので新鮮味もあり楽しかったが、あれほど前衛的な作品を真に理解するには一体何が必要なのか考えさせられる。

唯一写真撮影が可能だった作品。プールを底面から見上げる形で外の景色を眺める事ができる。

その後、持て余した時間を消化するためにFと共にパチンコ店に赴いた。なんでも彼は友人と肩を並べてパチンコを打つ事が好きらしく、そのためには二人ぶんの賭け金を投じても構わないとの事だった。

僕は暴力的な色彩と騒音を併せ持つそれが心底好きではなかったが、これまで決して少なくない金銭を費やして僕の世話をしてくれた彼に合わせない訳にはいかない。結果、彼は5万円もの大金をあっという間にスッた。

つまり彼は僕の旅費を全負担した上にパチンコでも大負けしたのだ。富豪というほどではないのにそれほどの出費をしても平然としていられる所が不思議で仕方がない。甲斐性の星のもとに生まれたのだろうか。

そんなFの気まぐれに感謝しつつも、それはそれとして次に来る時は必ず新幹線を使うようにしようと思った。