Close Me 考察

人の内心から作り出される恐怖もある。なぜ人はのっぺらぼうに恐れを抱くのか。顔がないゆえに相手の感情や状態を想像できないからだ。情報の欠如は恐怖を生成しうる。光も音もない暗闇を連想させるように。

あまりにも情報が得られないと、人はしばしば無理矢理にでも予測で物事を判断しようとする。徐々に肥大化していくそれが妄想に変わるまでそう時間はかからない。優れたホラーとは恐怖そのものではなく恐怖の予感をプレイヤーに与え続ける事なのだ。

わずか数百円で買えるホラーゲーム「Close Me」は一見何もかも足りていない。設定画面もない。セーブやロード機能もない。作中にはテキストすらない。そのうえプレイヤーは必要に応じて自らゲームを再起動させなければ物語を進められない仕組みになっている。その不自由さや欠落感がかえって恐怖を誘う。

フィールド内を何度も往復しているうちに慣れ親しんできた背景が、再起動を繰り返すたびに変化していく。ホラー作品で扉を開ける際の躊躇や緊張を再起動という形で演出しているのだろう。面倒くさくないと言えば嘘になるが斬新な試みではある。

概要

本作は総当たり方式の探索ゲームだ。ひたすらオブジェクトをクリックしてまわり、物語の進展やアイテムの入手を期待する形となる。ほとんどの場合は何も起きないので「期待する」との表現は決して比喩ではない。もしホラーゲームでなければ即座に退屈していただろう。

異様に情報量の少ないグラフィックが、かえって妙な想像をかきたたせてしまう。

作中ではうまく進行したと思っても途中で必ず操作不能に陥る場面が頻繁にある。その時は再起動してスタート地点のベッドまで戻らなければならない。どこでゲームをやり直しても主人公は必ずベッドから起きる。あたかもこれまでの全てが夢だったかのように。

序盤は周辺のオブジェクトをしつこく調べていればしばらく行き詰まる事はないと思うが、コンピュータのローカルタイムを変更したり居間のテレビを七十五回も操作させられたりと、かなりひねくれた謎解き要素が随所に散りばめられている。

攻略に行きづまったら積極的にガイドを活用しよう。控えめに言ってもこのゲームは説明不足すぎてとても自力で解く気にはならない。

考察

本作には辛うじて登場人物と呼べるキャラクターが主人公を除いても何人かいる。1人目は緑色の女性のマネキン(以下、女マネキン)だ。ところどころの場面で主人公を抱擁したり、近くで泣いていたりと何らかの関係性を示唆する行動が見られる。

二人目は白色のマネキン(以下、白マネキン)で、これはまったく動きも喋りもしないものの、明らかに主人公の行く手を邪魔する形で配置されている。この事から何らかの意思かメッセージを含んだ存在と思われる。

三人目は煤けた肌の女性だが、もしかしたら一人目と実質的に同じキャラクターかもしれない。別人というよりは別人格との解釈の方が適切に感じる。視界に映ると何らかのリアクションをしてすぐに消え去ってしまう。

進行していくうちにベビーベッドや女性の器官をモチーフとした背景やオブジェクトが目につくが、これは女マネキンと主人公が深い交際関係にあったと考えれば納得できる演出だ。しかし、鬱屈した雰囲気や女マネキンが泣いている様子から推測するに何らかの原因で破局してしまったのだろう。

一度も子供の実在を示すイメージは表出していないので、おそらく流産か中絶が理由で産まれなかった可能性が高い。総合すると、この物語は何らかの理由で子供を喪い、それがもとで破局に至った両者の精神状態を表現しているものと考えられる。

作中の後半以降、卵子を彷彿させる赤色の球体がシンボルとして頻出するさまは彼らの子供に対する執着心や憧憬の強さを表している。球体を入手するまでの過程で登場する女マネキンや、行く手を阻む白マネキンも決してそれらの感情と無関係ではないように思う。

プレイヤーが操作しているキャラクターは男性なので男性側の精神世界と早合点しがちだが、Steamの紹介ページで「私の秘密を探ろうとするのは不愉快です」と書かれていたり、鍵がある部屋の道を女マネキンが塞いでいたりと、女性側の精神世界を示唆する演出も時折見られる。

一方、クライマックスで脱色したような容姿に変化した主人公が就寝中の自分を刺し殺すシーンも無視できず、男性が自責の念を晴らそうとする…すなわち自殺するまでの過程を表現したとの解釈も可能だ。何しろ説明がまったくない作品なのでいくらでも解釈の余地がある。

案外、作者自身もこれといって明確な結論は用意していないのかもしれない。友人に勧められて試しに遊んでみただけだが、思いのほか暗喩に富んでいてたいへん想像力を刺激させられた。たった数百円でここまで考察を楽しませてくれるのなら十分に優れたゲームと言えるだろう。