糖衣に包まれた毒薬

いわゆる「ネット右翼」が爆発的に増加したのは2002年頃の事だった。日韓ワールドカップでの一部の選手や観客の振る舞いを発端に、韓国人への蔑視感情や偏見がインターネット上で高まりだした。もっと遡ればパソコン通信の時代にもその手の集団は確認されていたが、公に広く認知されうる規模まで拡大したのはこの頃だ。

それ以来、2ちゃんねるのハングル板を中心として嫌韓思想は爆発的に伝播していった。10年以上経過したいま、そこから巣立っていったネット右翼の先達たちがあらゆる場所や業界で嫌韓を拡散させている。彼らは言論空間に強く根を張った。

僕には気に食わない漫画作品がある。その漫画…「テコンダー朴」は2007年頃に連載が開始された時はまだ無名だったが、ここ数年でネット上のミームとしてにわかに注目を浴びている。僕はこの作品を以前からよく知っていた。

本作はあらすじだけなら典型的な格闘漫画に見えるが、韓国人が「世界最高民族」として扱われて過剰なまでの待遇と栄誉を得る一方、日本人は常に醜悪な敵として描かれている。たとえ「韓国人」の振る舞いが道徳に反していても、その指摘は「差別」として棄却され、作中では完全に正当化される。

要するにこれは藁人形論法をそのまま漫画にした作品なのだ。本作には「韓国人」が尊大で傲慢な思想を持っていると印象づけさせる意図が含まれている。その上であえて日本人を必要以上に醜く卑劣に描けば、あたかも韓国人から見た日本人像がそうなのだと思わせられる。

敵ながらこのやり方はうまいと言わざるを得ない。偏見を煽っている点ではヘイトスピーチと何ら変わりないのに、作中では徹底して韓国人を褒め殺しているのでそれに当てはめられない。これだけでも一筋縄にはいかない相手だと判る。

とはいえ、初期は極端に褒め殺し一辺倒だったせいか、あまりにもわざとらしすぎて嫌韓コミュニティの外側ではほとんど知られていなかった。本作が注目を浴び始めたのは冷笑性を新しく作品に組み込んだからである。これはかつての嫌韓思想の根幹でもあった。

今でこそネット右翼といえば病的に差別的発言を繰り返している印象だが、昔の嫌韓コミュニティにはもっと冷ややかに侮蔑して楽しむ鄙陋な余裕が備わっていた。本質に違いは一切ないものの、少なくとも後者には表面上だけでも差別と捉えられないよう取り繕う賢さがあった。

もちろんそれは彼らの言動を酌量するものではない。一定の分別を持ちながら民族差別に傾倒するなどむしろより悪質に感じる。この作品にも同様の事が言える。というのも、序盤以降からは安倍首相や在特会の桜井誠氏など、ネット右翼の支持を集めている人物を滑稽な悪役として登場させているからだ。

作中での両者の振る舞いはあからさまに読者の冷笑を誘う。そこにはあえてネット右翼が支持を寄せる人物を侮辱してみせる事で、作品の意図を隠蔽しようとする狙いが隠されている。何でも冷笑的に描けば中立を装えると考えたのだろう。

ところが誰しもそれで騙されるほど愚かではない。明らかにモデルが見てとれる人物をここまで現実と乖離した形に表現したところで、それはもはや別の架空人物として認識されうるのだ。現実の安倍首相や桜井誠氏を適切に批判した事には決してならない。

反面、素性が特定されていない「韓国人」に関しては少なくとも「そういう人たちが結構いるのかもしれない」と印象づけられる。要するに本作はミンストレル・ショーを意図はそのままに逆転させた代物でしかない。具体的な批評性を持つサウスパークやシンプソンズとはまったく異なる。

もちろん、僕はこの作品の読者を一概に軽く見たりはしない。ほとんどの読者はただのミームとして消費しているに過ぎないのだろう。作者の持つ思想や意図を十分に理解しつつも、あくまで娯楽性のみを味わっているのだと信じたい。しかし、ネット上では本作を中立的と見る向きも決して少なくない。ネット右翼御用達の書籍ばかり刊行している青林堂の下で連載されているにも関わらずだ。

まさにそれは糖衣に包まれた毒薬のようだ。目に見えて差別的なコンテンツは敬遠しても、ミームやジョークという名の甘い被膜に包みさえすれば躊躇なく飲んでしまう。その毒は微量ゆえしばらくは気がつかないが、確実に身体中に浸漬していく。

実のところ僕はあかさらまに過激なネット右翼にはそこまで腹が立たない。無学さか環境ゆえにそうならざるを得なかったと理解できるからだ。しかし、この作品の作者や冷笑系ネット右翼と呼ばれる連中は違う。まともに自分の立場を考えられる余裕や知性がありながらそんな卑劣な振る舞いをしている。

僕は表現の自由を最大限に支持したい。本作が政府の手によって発禁にさせられるような事があれば、唇を噛み締めつつも全力で擁護する。どんな言論も等しく言論によってのみ退場させられるべきである。逃げ口上に長ける彼らを言い負かすのは楽ではないが、それでも誰かが抵抗しなければやがて社会全体が冷笑と無気力に包まれてしまうだろう。