戦前前世

歌や音楽で組織の一体感を図る試みは、なにも近代に始まったわけではない。僕たち人類の祖先があなぐらで暮らす時代から既に実践されていた。それは儀式の一環としてではあったが、組織力を維持するために決して欠かせない行事だった。

時代が進むと次第に愛情や悲哀など他の感情も取り入れられるようになり、共通認識を得るための行事から芸術性を伴った娯楽文化に昇華していく。人々は若葉の生え際に無垢な精神を見出し、秋の紅葉を拾って熟れた恋心を連想するに至る。

戦場ではどの国でも太鼓や笛で勇ましい律動と音を響かせ、戦士たちの意欲を高揚させる。不幸にも友が死した時は荘厳な節奏とともに悲しみに浸る。どんな時でも音楽は僕たちの感情に染み入り、震わせ、なんらかの感情を引き出してきた。… 続きを読む

二度目の機会ならある

なにかと悪い方向に物事を考えるくせがある。いかにも企業の危機管理部が提起しそうな「最悪の想定」を大幅に越えて、ほとんどサスペンスかホラーの域に到達するまで妄想をやめられない。そのせいか現実の話ならともかく、とんとん拍子にうまく展開が進む手合いのフィクションはどうにも苦手だ。

これは必ずしもリアリティの話ではない。創作だからこそどんなに極端に後味が悪くても楽しむ事ができるのに、わざわざ底抜けにお気楽な内容にしてしまう意義があるだろうか。せっかく刺激的な人物や設定を作ってもそれでは自ら魅力を殺いでしまっているようなものだ。

なんでも、聞いた話では二度目の人生がどうとかといった題名の作品が炎上したらしい。日本刀で戦時中に数千人も殺した元軍人が、老衰で逝去した後に異世界で活躍する話だそうだ。ありきたりな筋書きだが驚くべき事に十八巻まで刊行されていてアニメ化も決定していた。… 続きを読む

やすりで窓を拭くな

芸術家と呼ばれている人たちの逸脱は大目に見られやすい。違法薬物の助けを借りて作曲を試みる音楽家は決して珍しくなく、過去には軍隊を扇動して革命を起こそうとする作家もいた。法的な免責までもは得られないが、少なくとも世論や雰囲気の中においてならそれを勝ち得ていると言える。

これは逸脱そのものが彼らの芸術性に寄与しているとの認識によるものだ。ゆえに彼らの犯罪行為や奇特な言動が必ずしも名声を汚すとは限らず、むしろ精神の昇華に繋がりうると考える向きから賛意を寄せられる事さえもある。

事実、まったく話を聞いてもらえず嘲笑されながら自害する最期を晒しても、なお「金閣寺」の気迫や繊細さは微塵も色褪せなかった。表現や芸術は本人の思想や精神から出力されるものだけれども、それ自体への評価は独立しているのだ。… 続きを読む

涙は流れないし警官もいない

ここ数日「小説家になろう」や「カクヨム」でランキング順にWeb小説を読んでいる。物書きの端くれとしてこの手のジャンルに思うところはもちろんたくさんあるが、結構な数が書籍化されているのも事実だ。学べるところもあるかもしれない。

ランキングのリストを眺めていくと非常に似通った設定の作品が多い事に気づく。いわゆる異世界ファンタジーだ。おおむね時代背景は中世からルネサンス時代で、ドラゴンクエストやその他のファンタジーRPGに類似した世界観を有している。

このベースに現実世界から転生する主人公や、ビデオゲーム的なギミック、ロールプレイングの強制…などの味付けと、何人もの可愛い女の子やどんな敵でも軽々と倒せる技能といったトッピングが加わり、最終的に一作のWeb小説が出来上がる。… 続きを読む

日大タックルから和の精神が迸る

古来から日本には数々の伝統芸能が受け継がれてきたが、その中でも日大タックル問題はとりわけ和の精神が色濃く表れていると言える。この件が多くの耳目を集めている理由は単に危険なタックルをしたからではない。

最初の報道を聞いた時は、危険というもののアメフトとはそういう側面もある競技ではないか、などと恥ずかしながらも的外れな感想を持った。しかし、実際に映像を観てすぐに意見が変わった。そのさまはスポーツの枠を軽々と飛び越えてもはや暴力の域であった。

加害者の選手はそれを複数回も繰り返した末に退場させられたのだが、仮に監督がこの事に問題意識を持っていたのであれば初回の時点で彼に注意を与えていなければおかしい。当然、問題の本質は選手個人の行動ではなく監督の指導力不足にあったのではないかという話に移る。… 続きを読む