
桜が散り、葉が緑黄に色づくと春は瞬く間に我々の背後へと遠ざかり、今や夏が目前に迫ってきている。すでに夏日が顔を出し、服務規程に縛られたオフィスビルの戦士たちがスーツを甲胄のように着込んでいる傍ら、僕はジャケットをいそいそとクローゼットの後列へと仕舞い込んでいた。じきに麻、リネンの季節である。
もし皆さんがリネンの圧倒的な清涼感をまだ体感していないのであれば、直ちに服屋に駆け込んで手に入れるべきだ。日本の酷暑はもはやリネンなしでは生き残れない。実は20年前からユニクロでも売られている。通気性に優れ、軽量速乾のリネン素材は実用性の面からも強くおすすめしたい。日本に住む者は全員リネンを着るべきだ。
僕のクローゼットの最前列は早くも色とりどりのリネンシャツで敷き詰められ、ベッドシーツも枕カバーもリネンに変わった。あと数日もすると、これらがクローゼットから順次射出されて実戦配備の用意が整うのだ。仕立て屋に頼んでおいた新しいリネントラウザーズもこうして出来上がっている。
昨年とは異なり、今回は300gを超える分厚い目付けで仕立ててもらった。片方は白、もう片方は……これは何色と言うべきなのだろう。れんがっぽい色、仕立て屋はテラコッタと言っていた。当初は白を作ることは決まっていて、もう一着を何色にするかは未定だった。2月下旬、会社の昼休みを利用して仕立て屋――このような芸当ができるので仕立て屋は職場か自宅の近所が望ましい――に行った時、生地バンチの中から見つけたものだ。

なんとなく感覚としては、ベージュかグリーンあたりを考えていた。だが、ベージュのトラウザーズはリネン100%でなければすでに持っている。本数を持っていて損はしない色なのでいずれ買うに違いないが、別に今でなくてもいい。となると、グリーンか? しかしグリーンは、いざ目の当たりにするとやや難しい。
グリーンのテーラードジャケットはそう感じないのに、なぜかグリーンのトラウザーズにはミリタリーっぽさが付きまとう。かなり絶妙な色合いを選び抜かないと即、軍隊だ。クラシックな洋装の源流がミリタリーなことと、意図せずミリタリーに見えてしまうことには大きな隔たりがある。明るすぎるグリーンにすると、今度はコーディネートが難しくなる。生地バンチを穴があくほど見つめながら、しばらく無為な時間が過ぎていった。
そんなところへ、突如として別の選択肢が湧いた。バンチの奥の方に一枚だけ、このれんがっぽい色を見つけたのだ。直感的に、これはとても良いと思った。ミリタリーっぽさとは無縁の配色で、それでいながら夏っぽい明るさもある。かといってビビットというほどでもない。
ひとたび色に惹かれるとそれ以外は目につかなくなるものだ。あれよという間にボタンもオプションも決まってしまい、ベージュは次回に考えるとして、白とテラコッタのリネントラウザーズを仕立ててもらうことが決まった。それから一ヶ月半ほど経ち、今こうして目の前にある。

仕様は凝りに凝った。インのツータック、ダブル、フラップポケット付きの伝統的なクラシックスタイルに加えて、持ち出しの先端も丸く加工してもらっている。既製品で一度見かけて以来、これをビスポークでも試したくてうずうずしていたのだ。当然、今回もサイド尾錠を設けている。ベルトも嫌いではないが、選べるならこちらの方が洗練された見た目になる。ボタンは木と革にしてみた。
ところで、テラコッタの方は国産リネンではなくW.Billのアイリッシュリネンを使用している。そのため元々値が張るリネンに輪をかけて生地代が高い。自国でリネンが手に入る恵まれた国に住んでいるにもかかわらず、あえて高価な舶来ものを選ぶのは愚かかもしれない。実際、この色が国産リネンのバンチにあればそっちを選んでいた。だが、現物を触ってみると考えが変わった。
アイリッシュリネンの肌触りはすばらしく良い。それ自体はリネンシャツを初めて仕立ててもらった時にも理解していたつもりだったが、トラウザーズ用の目付けが重い生地だと如実に明らかとなる。やはり服飾というのは着て触ってみないと分からないものだと思う。本稿の写真も実物の風合いを伝えるにはあまりにも不十分すぎ、少々惜しく感じている。
ともあれ、かくして夏の装いは整いつつある。よく聞かれる質問として、そんな大層な服を着て一体どこでなにをするつもりなのか? というのがある。愚問である。新しい服を着て、別の新しい服を見に行くのだ。夏の盛りに服屋に行くと秋物を見ることができる。