点と接線

#novel

フルマネージド・ラーメン

0勤務を開始するとまずは店舗で朝ごはんを食べる。これは製品の品質を評価するための業務であり、労働時間に含まれている。管理部門の業務は多岐にわたる。〇一七・〇五〇・一三一と名付けられたその製品はかつて『豚骨醤油ラーメン』と呼ばれていた。ロボットアームが調理を終えると目の前の扉が上に開き、ラーメンが箸とれんげと一緒に供される。器の色は白かったり黒かったり、まったく別の色だったりすることもあるが、材質はきまって陶器製だ。度重なるA/Bテストの結果、少なくともこの点については変更の余地がないと確証が得られた。顧客満足度は味のみでは決まらない。箸を手に取る前に盛り付けを確認する。丼ぶりの奥に三枚の海苔、中央左寄りにチャーシューが一枚、右寄りにほうれん草。麺はスープに沈みきらないように若干浮いて存在感を示している。この配置も膨大なフィードバックをもとに入念に設計されている。しかし私個人の感想としては、チャーシューとほうれん草の位置は逆の方が好ましい。いや、位置はどちらも中央でほうれん草を手前に置く方がいい。いや、むしろ……。うーん、すぐに結論は出せそうにない。次の評価に移ろう。器を持ち上げ、湯気とともに放出される匂いをかぐ。と同時に、スープの色味も間近で確かめる。豊かな獣臭と醤油の香りが鼻腔をくすぐる。

基本入力インターフェイス

 土や砂の詰まった容器でいっぱいになった背嚢を下ろすと、僕はいつもの場所に腰を落ち着けた。天を衝くほどの高層ビルがそびえていた島も、世界でもっとも栄えていたとされる湾岸の街並みも、等しく時間の圧力に押しつぶされて瓦礫の山と化している。遠目に見える半身の立像――かつて自由を讃えていた――だけがこの辺りで唯一、まともに建っていると言える建物だ。この前に来た時よりも暖かくなっていたおかげか、そこそこ長い距離を往復した割にさほどの疲労感はなかった。乳白色の平らな地面を手でさすりながら、手頃な位置にナイフを突き刺して切り取る。力がないだけにずいぶん手間取るが、暇はたっぷりある。そうして得た塊からこぼれ落ちた破片を口に含む。しょっぱい。しかし、ミネラルと塩分の摂取にはこの上なく都合が良い。なぜならこれは塩そのものだからだ。地平線の彼方まで広がるこの平面はかつて海の一部だった。大昔、未曾有の気象災害により海水が凍結し、固まり、空を覆い尽くした分厚い雲によって封じ込められ、長い長い年月を経て重厚な塩の結晶の層ができあがった。進もうと思えばこのままずっと先まで進んでいける気がする。どこかで塩の層が途切れて水の海に出会えるのかもしれないし、延々と進んだ先に別の島か大陸が顔を出すのかもしれない。仕事として与えられていない以上、そんな長丁場の寄り道は決してできないが、この白く濁った表面は僕を特別な気分にさせてくれる。

魔法少女の従軍記者

この物語は2024年5月に頒布されたフィクション作品であり、実在の人物および団体とは一切関係ありません。その少女は前線基地の会議室に舞い降りてやってきた。いや、舞い降りたという表現はいささか上品にすぎる。今日は作戦指揮に関わる国連軍の将校や事務方の重鎮、民間関係者、そして我々のような記者が一堂に会する最後の場――あけすけに言ってしまえば、これまで丹念に積み上げてきた法的手続きが実る時――つまり、ついに果実として収穫できる日だった。そこへ、いきなり基地の天井を突き破って部屋に飛び込んできたのが彼女だ。当然、記者たちはカメラのシャッターを盛んに切りまくってこれに応じる。戦闘機の爆撃にも耐えうるように設計された最新の3Dプリンター基地を秒で破壊せしめた彼女が一体なにを言うのか、なんでこんな大それた真似をしでかしたのか、会議室の全員が固唾を呑んで見守った。実際、軍人としての彼女の性格は多くが謎に包まれている。〝こんなガラクタの基地で本当に守りを固めているつもり?もっとちゃんとしなさいよ〟〝3Dプリンター工場による大量生産物は自然破壊の大きな要因であり、抗議としてデモンストレーションを――〟〝予行練習のつもりだった。後でもう一回やっていい?〟

たとえ光が見えなくても

 今でも思い出に残っているのは、指先に残るわら半紙の感触。言われるままにピンと立てた人差し指を滑らせると、横にいるお父さんが耳元に語りかけてくれる。「そうら、そこがゲオルゲン通りだ。そこを右に曲がると――」私は言葉を遮って大声で答えた。「レオポルト通りね!おしゃれなお店がいっぱいあるの」「そうだ、いつかお前もそこで立派なドレスを買ってもらえるようになる」耳の奥底からあまりにも聞き慣れすぎた高周波音が徐々に近づいているが、まだ私は喋っている。「でも、私が着たってしょうがないわ。どうせ分からないもの」「そんなことはないよ。立派なお洋服は着るだけで分かるんだ」記憶の中の私はいっそう声を張り上げる。「じゃあ、今、欲しい」「今は……難しいかな。そういうお店はどこも閉まっている」「どうして?」「……みんな、他のことで忙しいんだ。さあ、指がお留守だぞ」私の指先がぐんぐんと先に進み、ルートヴィヒ通りを過ぎる頃には高周波音は耳を覆い尽くさんばかりだった。「ずっとだ、そう、ずっと、さあ、広場に着いたぞ。どこだか分かるかな?」思わず、私は轟音に負けないように大声で叫んでいた。「マリエン広場!私と同じ名前の――」