今でも思い出に残っているのは、指先に残るわら半紙の感触。言われるままにピンと立てた人差し指を滑らせると、横にいるお父さんが耳元に語りかけてくれる。「そうら、そこがゲオルゲン通りだ。そこを右に曲がると――」私は言葉を遮って大声で答えた。「レオポルト通りね!おしゃれなお店がいっぱいあるの」「そうだ、いつかお前もそこで立派なドレスを買ってもらえるようになる」耳の奥底からあまりにも聞き慣れすぎた高周波音が徐々に近づいているが、まだ私は喋っている。「でも、私が着たってしょうがないわ。どうせ分からないもの」「そんなことはないよ。立派なお洋服は着るだけで分かるんだ」記憶の中の私はいっそう声を張り上げる。「じゃあ、今、欲しい」「今は……難しいかな。そういうお店はどこも閉まっている」「どうして?」「……みんな、他のことで忙しいんだ。さあ、指がお留守だぞ」私の指先がぐんぐんと先に進み、ルートヴィヒ通りを過ぎる頃には高周波音は耳を覆い尽くさんばかりだった。「ずっとだ、そう、ずっと、さあ、広場に着いたぞ。どこだか分かるかな?」思わず、私は轟音に負けないように大声で叫んでいた。「マリエン広場!私と同じ名前の――」
C103で戦略級魔法少女合同の広報ペーパーを配ることになりました今回は自分のサークルスペースは無いので各寄稿者のサークルで配布します普通のチラシにしても良かったのですがちょっと高級仕様でリソグラフ印刷のポストカードを真空パックにしました来年5月に出る戦略級魔法少女合同をよろしくね pic.twitter.com/k1FpkjsocX
— enden (@enden_nix) December 26, 2023 五ヶ月ほど前に触れていたものの、 ようやく作品の提出がすべて済んだので改めて宣伝しておく。当初は短編一作の寄稿を予定していたが、様々な事情により最終的に二作の中編を書き上げた。おおむね当初の想定通りのコンセプトを維持できたと感じている。限られた可処分時間の中で仕事をまっとうした自分を素直に褒めたい。前述の記事に書いている通り、僕は魔法少女ものの作品をろくに観た経験がない。直撃世代なのに「まどマギ」も観ていないし、いま放送中の作品もまったく観ていない。しかし、このジャンルがやたら流行っているのはひしひしと肌身に感じている。SNS上でも身の回りでも皆さんが魔法少女について語り合っているのをよく見かけるからだ。
全国高等学校硬式戦争選手権大會の準決勝、帝國実業と韋駄天学園の試合は佳境を迎えていた。共に十名いる選手のうち六名が仮想体力を失い退場を余儀なくされ、残る四名が市街地を模した公死園戦場の各所で互いに隙をうかがっている。帝國実業高等学校三年の主将、葛飾勇はこの時、昭和八九式硬式小銃に装着された弾倉が最後の一つだった。地道な基礎練習を怠らない生真面目な性分が功を奏して彼は装弾数を正確に把握していたが、同時にそれは自身の劣勢を否が応にでも自覚させられる重い錨となってのしかかる。最悪の場合、たった九発の残弾で残る四人の敵を倒さなければならないのである。対する韋駄天学園の戦いぶりは賢明であった。むやみに弾を浪費して一か八かに賭けるより潔く撃たれて予備弾倉を戦場に残していく。準決勝でもやり方は変わらない。つまり、四人の敵の弾薬は依然豊富であって正面での撃ち合いではまず勝てる見込みがない。圧縮ゴムでできた硬式弾をしこたま浴びて痣だらけになっても、本人が直立している限りにおいて戦場に立ち続けられた昔とは違う。現行の仮想体力制度では胴体に四発ももらえば確実に退場だ。勇は壁伝いに歩いて近場の建物の中に忍び足で入った。戦場を眩く照らす直射日光から逃れて部屋の陰に座り込み、ひとまず身体を落ち着かせる。片耳に押し込まれた通信機で仲間と交信したいところだが、周囲の状況が判らない以上はうかつに声を発するわけにはいかない。
私の家の壁には海岸が飾られている。軌道上で衛星カメラが撮り溜めした動画をループ再生しているのだ。構図は決まって上半分が海、下半分が砂浜で、地球のどこの海岸を映し出していてもそれは変わらない。ルームメイトのリィはこの構図しか好まない。ディスプレイというよりは絵画を意識したつもりなのか、投影部分の周りは大げさな中世趣味の額縁で囲まれている。「これこそが大自然のツートーンなんだ」などといかにもなことを彼女は言う。うっかり耳を傾けてしまった、と後悔した時にはもう遅かった。彼女のおしゃべりは尋常ではない。一〇〇年変えていない紫と銀のストライプでできたロングストレートの髪型を揺らしながら、堰を切ったように語りはじめた。「とは言うけど、潮の満ち引きがあるからこうきっちり上半分と下半分には分かれないんだよね。もし単に定点撮影をしているのなら。じゃあなんでこの絵は比率を保っているのかというと、もちろん私が衛星カメラを同調させているからなんだけど、都度変わる軌道角に対して常に最適な設定値を導くのは簡単な仕事じゃないんだ。でもそうすると私の物理的実体は海からずうっと離れた宇宙にあるはずなのに、図らずも未だ地上の現象に誘引されていることになる。しかし、潮汐を引き起こしている張本人は私たちのはるか後ろにいる月なんだな。その月もまた私たちと同じく地球の周りをぐるぐる回っている。こういう関係性からなにが得られるか考えてみたい。というのも――」