点と接線。

#novel

ショットガン装備

 通学路の道すがら、通りかかる交番にはショットガンが架けられている。大人が三人も入ったらぎゅうぎゅう詰めになりそうな手狭な空間の中で、それはいっそう神々しい異彩を放って僕を釘付けにした。まるで御神体みたいだと思った。「熊が出るからな」と言葉少なめに言うのは僕の兄だ。長老みたいなお爺さんと入れ替わりに兄が警察官になったのが十年前で、僕がショットガンに惹かれたのも同じ頃だった。「じゃあ兄いは熊が出たらこれを使うの?」と前のめりに質問すると彼はやや間をおいて、やはり手短に「まあな」と認めた。壁に備えつけられた透明な箱に鎮座するショットガンは、アクション映画に出てくるものとそっくりに見えた。これで撃たれたらひとたまりもなさそうなのは当時でもなんとなく想像がついた。学校でも、家でも、近所でも、大人は口々に「山さ入ったら死ぬぞ」と僕を脅した。この村ではどんな子供も熊の存在に脅かされて育つ。『行くなと言われて行った子、みーんな死んだ』という題名の絵本も発行されていて、どの家にも人数分置かれている。悪事を働いた際の殺し文句はもちろん「熊に食わせる」だ。毎日、登校するたび僕は「御神体」に祈りを捧げた。熊が人里に現れた時には、これが僕たちを守ってくれる。兄が朝の巡回で交番を空けるこの時間、誰もいない直方体の家屋の奥に佇むショットガンはいよいよ超然としてきて、あたかも交番が聖なる祠と化したかのように感じられた。

Entering

 あれは保健の時間のことだった。はっきりと覚えている。ただでさえ学年合同授業はちょっとした珍事だ。ひんやりとするアルミ天板の大きな机が並ぶ総合室で、年老いた先生がのろのろと聴診器を配っていた。聴診器は隣り合った子と二人一組の割り当てらしく、僕は不用意にくるくる回る円形のスツールを両手でがっちりと抑えながら相手の子と向き合った。その子はさらなる慎重さでスツールの回転機構への不信任を露わにして、一旦立ちあがってから姿勢を変えて座り直した。先生の話によると、今日は心臓の動きを観察する授業とのことだった。告げられたページをめくろうと机の上に手を伸ばすと、相手の子が「ううん、私が」と言って教科書を開いて見せてくれた。ポップでコミカルな外枠のデザインとは裏腹に、聴診器をあてがわれた人体図の写実感は少々不気味ですらある。目をそらすと相手の子の名札が視界に入った。千佳ちゃんと言うようだった。「うえーい」遠くの方でガキ大将のバイソンがスツールを高速回転させて、取り巻きとはしゃぐ大声が聞こえた。さっそく先生はのそっと腰を浮かせて注意に向かったが、このぶんだと彼の場所までたどり着く前に定年退職を迎えそうな印象を受けた。案の定、バイソンの悪ふざけを皮切りに治安が乱れて、ちらほらと雑談を交わしたり立ち歩いたりする子たちが現れはじめた。

Overwritten

 あまり記憶には残っていないけど、私は幼い頃に一度死にかけたらしい。なにかに気を取られやすい質だった私はその時、するっとママの手をすり抜けて車道に飛び出した。いくらなんでも車が危ないってことは当時の私にも解っていたはずなのに、今となってはそんなに気になったものがなんなのかも分からない。次の瞬間、横からすごい力で吹き飛ばされて、すぐに目の前が真っ暗になって、目が覚めたら真っ白な部屋のベッドで寝ていた。パパとママと知らない人たちが周りにたくさんいて、目が合った途端に抱きしめられた。癇癪を起こした私よりも大きな声で泣き叫ぶ二人の姿はよく憶えていて、それが数少ない残っている方の記憶だった。「じゃあ、これは?」「りんご」「よくできました。じゃあ、これは?」「バナナ……でも、色が変だね」「そう、そう。これはまだ赤ちゃんのバナナなの」「私もあかちゃんって呼ばれる。あかりだから」起きてからしばらくは、笑顔が得意な大人の女の人と一緒にいた。彼女がシート端末をこちらに向けて、指先で押すと絵が表示される。私はそれがなんなのか当てなければいけないようだった。結果的に一度も外した覚えはない。分からなくても女の人がヒントをくれたからだ。そんな療養生活を繰り返しているうちにパパとママが迎えにきて、私は家に帰った。家に帰ると、いつもと同じ部屋にいつもと同じおもちゃがあって、とても安心できた。

人生やり直せるからって勝ち確だと思うな

 急な話で申し訳ないけど君は人生をやり直せることになった。現在の人格と記憶を保ったまま、任意の過去の自分に時間移動できる。いわゆるタイムリープってやつだ。君がよく知るであろう言葉で表せばね。ああ、僕が誰かは気にしなくていいよ。問題はやり直したいかどうかだ。今の自分にすっかり満足しているなら断れるが……どうせ断らないだろ? 僕調べでは対象者の七十三パーセントが五分以内に合意している。誰しも人生に不満はあるものだね。さあ、まずはいつ頃の自分に戻りたいか決めるといい。ただし、新生児まで戻るのはおすすめしないな。いくら成人相当の人格が備わっていても、肉体が未発達だと不測の事態を避けられない場合があるからね。赤ちゃんの君は大人の腰の高さから落ちただけでも死にかねないぞ。それに、新生児は口蓋も咽頭もろくに機能していないから発話が難しい。食事の内容もえらく乏しい。おまけに年単位でベビーベッドから出られない。外出時はたいていベビーカーだ。要するに行動の自由が皆無で、日々の食生活は単調で、会話も運動も趣味も行えない。これって大人相手にやったら普通に全然拷問だと思う。こんな暮らしがだいたい二年は続く。その間に精神が荒廃しない自信があるか? 僕にはない。