点と接線。

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ノイズキャンセリング

 その洞穴は足腰まで浸かる水たまりを越えた先にあった。両脇を切り立った高い崖に囲まれ、道は狭く、反対側は鬱蒼と茂った山の森林に遮られている。ゆえに侵入経路はここ一つしかない。昨夜の雨露と思しき雫が両脇の崖を伝って落ち、できあがった水面が陽光をてらてらと反射している。ウィリアム・ソイル隊長率いる王家の守護隊〈ロイヤルガード〉は崖の手前に整列していた。黄金色の輝きを放つ板金鎧と兜に身を包んだ金髪碧眼の剣士が五名、馬車に運ばせた梯子で崖の上に登った弓兵も他に十名いる。しかし、剣士たちが洞穴にすぐ歩を進めることはなかった。まず歩を進めるのは、彼らの前に無造作に並ぶ汚い身なりをした十数名の男たちだ。実のところ、元は正確に何人だったのか守護隊長は覚えていなかった。道中で逃走を試みて処刑された者が数名、獣に襲われて重傷を負ったために捨て置かれた者が数名いて、もはや頭数の把握に意味はない。「よし、貴様ら。彼方に見える洞穴に例の怪物――セイレーンが棲んでいる。この中の誰か一人でも見事それを討ち取ってみせたなら、貴様らはみな自由の身となるであろう」ウィリアムは威厳を込めた声で高らかに宣言した。体じゅうを泥や土埃で汚し、ボロきれを着込んで防具の一つも身に着けていない男たちは、それでも目を爛々と輝かせている。万が一の成果を期待してなまくらの剣を握らせたが、剣術の心得がある者は一人としていないことを隊長は知っていた。

マンション自治会怪異退治係

 昼下がりの静寂を突き破るがごとく打ち鳴らされたチャイムに、僕は結構な怒りを覚えつつ応じた。例えるなら「はあい」と「あ゛あ゛?」の中間をとったぐらいの感じだ。やや大げさにドアを開け放つと、そこにはいつか見たような顔つきの老人が立っていた。記憶は曖昧だがきっと同じ階の住民に違いない。瞬時に公共的な表情を取り繕った僕に、それを知ってか知らずか老人はぶっきらぼうに言った。「あんたに決まったから」「はい?」「自治会の」「ん?」「アレの係にだよ」「……と申しますと?」会話を三往復したのに有益な情報はてんで手に入らなかった。いまいち要領を得ないなと訝しんでいると、驚くべきことに当の老人はもっと呆れた顔をしていた。どうやら要領を得ていないのは僕の方だと考えているらしい。歪んだ形の口元からハア、とため息を漏らすのが聞こえた。「あんた、ここ住んで何年目?」「今年からなので……まあ、半年くらいですかね」「ここに入った時の契約書覚えてる? 自治会に強制加入なんだけども」「ええ、それはもう、はい」言われて初めて思い出したのは内緒だ。自治会という組織があれこれやっているのは知っているが、その一員に僕が数えられていたのは正直言って心外でしかない。こういうのってボランティア活動とかが好きな人たちの間で勝手に回っているものじゃないのか。

構想中の短編小説一覧

■火星統一戦争ドキュメンタリー(仮題)・あらすじ月・地球間の宇宙旅行が当たり前になった時代。映画監督の主人公は月から離れた自由宙域で宇宙船を使った新作映画(この時代では現代でいうところの飛行機を使う映画と同等の規模)を撮影していた。しかし、火星方面より飛来したデブリ群が宇宙船を直撃。航行不能に陥り通信機能を全損した宇宙船は、救援も得られないまま火星へと流されてしまう。この時代、火星は二つの勢力に別れ統一戦争の真っ最中だった。かつて地球連合政府が無責任な介入を繰り返した結果、戦況は泥沼化の一途をたどっており、地球側が完全不干渉を宣言した後も戦争は終わっていなかったのである。

対革命耐性

 被害者は九十二歳の高齢女性。死因は自動車の衝突による全身打撲、および内出血。事故現場は都市低層部の二車線道路沿い。被害女性は脳内に緊急用身体制御インプラント『フェイルセーフ』を着用していたが事故当時は作動せず、なんらかの理由で身体機能を失調し、歩道から車道にはみ出したものと思われる。この時、走行中の自動車の運転ソフトウェアは被害女性を完全に検知していたにも関わらず、停止や回避を行わないまま通常速度で正面衝突した。搭乗中のユーザは車内の保護システムにより無傷。