点と接線。

ブローグシューズの魅力

もし老後に喫茶店を開くとしたら、店の名前は「パーフォレーション」か「メダリオン」にしたい。どちらもブローグシューズの装飾に関する言葉だ。今日では革靴自体好んで履く人はめっきり減ってしまったが、先端に穴がポツポツと空いたものを見かけた覚えはないだろうか? また、その靴は至るところに飾り穴の装飾が施されていたはずだ。こういった種類の革靴はブローグシューズと呼ばれる。

ブローグシューズは今でこそアイコニックなファッションアイテムだが、昔は極めて実用本位な靴だった。靴に空いている大量の穴は、厳しい辺境の暮らしで溜まった泥水を排出するための仕組みであった。これがロンドンなど都市部の人間に意匠の一部として注目され、インフラ整備とともに穴はただの飾りとなり、やがて現代に繋がるブローグシューズが出来上がってきた。

革靴を普段履かない人からすると、この種の装飾はドレスにしては派手すぎ、カジュアルにしては古めかしすぎてギョッとしてしまうかもしれない。しかし僕は今こそブローグシューズの時代が来たと考えている。ドレスとカジュアルがきっちり区別されていた昔と異なり、現在の服飾シーンは真に自由化されている。仕事だからといって黒のストレートチップに凝り固まる必要はなく、流行りだからといってスニーカーブームを追いかけなくてもいい。このようなクラシックシューズを公私問わず楽しめる時代がようやく訪れたのである。

そう考えると、ブローグシューズのファッション上の利点も詳らかとなる。仕事用の靴を普段着に使い回すと雰囲気が固すぎてマッチしない。逆に、普段着に履いている靴は仕事用にはちょっと使いづらい。そんな時に端正な革靴のフォルムとクラシックな装飾を兼ね備えたブローグシューズがあると、気品と遊び心をいい感じに両取りすることができる。とまあ、ここまでは実用的な話で、ブローグシューズに脳を灼かれた異常者は周囲にどう思われようと結局履かないわけがないのだが。

先日、有楽町にあるスコッチグレインのアウトレットショップに行った。前々から狙っていた限定企画品を買うつもりでいたのだが、なんと売り切れていた。無垢のレザーソールと明るいキャメル、ボルドーの彩色が美しいフルブローグシューズだ。ブローグシューズの中でも先端部のパーフォレーションがウイングチップになっているものは「フルブローグ」と呼ばれ、特に装飾性が強い。今時こんな靴を買うのは僕ぐらいと思ってたかをくくっていたが、見事にしてやられた。

有楽町の店舗に通える範囲のどこかに、僕と同じ足のサイズと形をしたフルブローグ・マニアがいる。たちどころに親近感と敵愾心の両方が湧く。もし会って話せたら気が合うかもしれないが、次に僕が好ましいと感じる限定企画品が出たらそいつと取り合いになるかもしれない。今のうちに弊ブログを通じて警告しておく。在庫が残り一足しかなかったら遠慮してくれ。頼む。

どうせサイズの合わない展示品の前で苦悶の表情を浮かべていると、馴染みの店員が話しかけてきてくれた。ずっと立ちつくしていたので見るに見かねたのだろう。曰く、ここでは売り切れてしまったが御殿場の店舗にはまだ在庫が残っていると言う。御殿場と言えばプレミアム・アウトレットで有名なあの御殿場だ。調べるまで知らなかったが静岡県にある。新宿からバスで1時間半。片道2300円。

翌日、たまたま祝日だったのが功を奏して、僕は御殿場のやたら小綺麗な石畳を踏みしめていた。アメリカンな装いの建物を眺めるのもそこそこに、ブルックス・ブラザーズやラルフローレンといったいつもならつい立ち寄りたくなるショップを素通りしてスコッチグレイン御殿場店に直行する。果たしてそこには目当ての靴が揃っていた。どころか、以前に廃盤となっていた別のフルブローグシューズもあった。

上はもともと狙っていた靴、下は廃盤の靴だ。どちらも同じフルブローグだが、こうして並べると装飾の趣向が少々異なるのがお分かりいただけるだろうか。上の靴のソールが無垢なのはややレアな仕様なので割愛するとして、アイレット(鳩目)の周りにパーフォレーションがなかったり、それ自体の立体感にも強弱の差がある。靴の形状も微妙に異なる。一見、些細な違いかもしれないが、履いてみるとこれが存外コーデに大きな影響を及ぼす。

つまり、同じフルブローグであっても形状や装飾性によって、全体の雰囲気をシティ寄りかカントリー寄りかに微調整できるのだ。むろん、ブローグシューズ、特にフルブローグともなれば前提として当然にカントリーではある。しかし、実際の区分はもう一段細かく、シティ寄りのカントリーと完全なカントリーが存在することに改めて気づかされたのである。今回は内羽根式の話だが、外羽根式も加えたらさらに区分は細かくなる。

したがって、同じボルドーで同じフルブローグシューズでも、コーデを組む上での役割は明確に変わってくる。下の靴は冬にツイードジャケットとモールスキン、コーデュロイのトラウザーズなどと合わせるべきだろう。逆に上の靴は汎用性が広い。冬はツイードジャケットばかり着ていて、それ以外の季節にもブローグシューズを履きたいと思っている身にとっては、両方とも捨てがたい。というわけで、キャメルも合わせて全部買った。

3足の革靴がそれぞれ収められた3個の大きな靴箱を、えっちらおっちらと運んで帰路につく。かさばる上に重いので割としんどい。だが、兼ねてより拡充したいと願っていたフルブローグシューズが一挙に手に入ったと考えれば、誠に甘受すべき苦労に違いない。

余談

ところで、伝統的な装飾の革靴を求めるなら舶来ブランドの話をしないのはおかしいと思うかもしれない。クラシックファッションの本場は明らかにそっちだからだ。では、なぜ遠巻きにしているのかというと、そもそもどれを履いても足に合わないからである。機を見ては専門店に文字通り足を運んでいるものの、なに一つまともに履けた試しはない。

足が小さいのに幅が広く、甲が高いのにくるぶしが低い。典型的な日本人の足をしている僕に合う舶来品はおそらく存在しない。それでもめげずに試行錯誤しているのは、ひとえに革靴、とりわけブローグシューズが好きだからだ。最悪、眺めているだけでもいい。嘘、やはり履いて歩きたい。なんとかなりませんか。そう願いつつ、今日も明日もあらゆる店に通う。