涙は流れないし警官もいない

ここ数日「小説家になろう」や「カクヨム」でランキング順にWeb小説を読んでいる。物書きの端くれとしてこの手のジャンルに思うところはもちろんたくさんあるが、結構な数が書籍化されているのも事実だ。学べるところもあるかもしれない。

ランキングのリストを眺めていくと非常に似通った設定の作品が多い事に気づく。いわゆる異世界ファンタジーだ。おおむね時代背景は中世からルネサンス時代で、ドラゴンクエストやその他のファンタジーRPGに類似した世界観を有している。

このベースに現実世界から転生する主人公や、ビデオゲーム的なギミック、ロールプレイングの強制…などの味付けと、何人もの可愛い女の子やどんな敵でも軽々と倒せる技能といったトッピングが加わり、最終的に一作のWeb小説が出来上がる。

こういったWeb小説の初出は意外に古く、あまりにもありきたりだとさすがに飽きられてしまうため、近年では味付けとトッピングでいかに差異をつけるかが重要視されている。もちろん、どんな場合であっても主人公の鮮やかな勝利はひとまず確約されていなければならない。

一方、かつては異世界ファンタジーと双璧をなすほどに人気のベースだったバーチャルリアリティモノは昨今あまり見られなくなった。この現象は異世界ファンタジーのゲーム化という経緯から説明できる。

実際に読んでみて判ったのだが、これらの作品にはレベルやスキル、ステータス、クエストやジョブといったゲーム要素が予め備わっている事が多い。ゲームの世界ではないにも関わらずだ。

この手の作品を読み慣れていないと思わず面食らってしまうが、どの作品でもそれについて言及される様子はほとんどうかがえない。当たり前のように物語も進んでいく。何なら登場人物が「あと少しでレベルいくつだからこのスキルが覚えられる」などと言ってしまうほどだ。なぜ判る。

僕の知る限りでは、もっと以前の異世界ファンタジーは申し訳程度に何らかの説明が加えられていたように思う。十分に納得できる水準ではないものの、理解が及ばない読者層への配慮は一応感じられた。それが今や微塵もない。ここから一つの推測が導き出せる。

おそらく筆者たちは読者の潜在的な欲求を理解したのではないか。すなわちゲーム実況だ。このジャンルはゲーム実況とよく似ている。クールでイカした実況者が気の利いたコメントを交えつつ、軽妙にゲームを攻略していく…その様子を小説の形で詳細に書き表したものが今の異世界ファンタジーなのだ。

ゆえにゲーム要素は絶対に欠かせず、一方で高度なVRを実現した時代背景の描写や、現実世界のシーンも書かなければいけないバーチャルリアリティモノは選ばれにくくなってしまった。何とか作中で仮想世界に閉じ込めようにも、デスゲームモノの需要はとっくに過ぎてしまっている。

異世界ファンタジーのファンが児童文学やハイファンタジーに寄っていかないのも、興味の中核が空想世界そのものではなく実況の再現にあるからにほかならない。筆者もそれをよく解っているからこそ明らかに違和感のある台詞を登場人物に言わせているのだ。読者にとっては実況者のツッコミや解説として認識される。

そこのところの業界事情も知らず、勝手に見下していた僕はまぬけと評されるべきだろう。最近、文芸に関する話を友人としていると「簡単そうだしこういうのを書いてみればいい」と言われる事が増えてきたが、むしろこのスタイルで一本書き上げるには特別な才覚が要求されるように思う。

一般的な物書きは登場人物の心境や情景の描写が不足していないか心配しがちだが、むしろこの手のジャンルを書く場合は実況に不要な内容を書いていないか気を払わなくてはいけない。それはそれである種のプロ意識と言える。

ちなみに読んだ作品はどれも面白くはなかった。