昔、強姦を犯した性犯罪者に去勢を施す国があった。性器がなければ再犯率が下がると考えたのだろう。事実、性犯罪率は下がったかのように見えた。ところが人間の狂気は一物を削ぎ落としたくらいで容易に萎むものではない。
ある男は数多の強姦を繰り返してきたが、去勢を契機にまったく別の性癖が開花した。刃物である。挿入を通じて得られぬ快感を刃物によって代替しようとしたのだ。彼にはもはや男根は必要ない。刃物が彼の永遠の男根となった。
2004年、小学3年生の女児が男に刺殺される事件が起きた。それから14年の年月を経て犯人が衆目に晒されるに至る。その高く積み上げられた犯歴は市民を大いに震撼させた。まるで創作物から抜け出してきたかのような猟奇を内心に湛えていたからだ。
彼は「わいせつ目的だった」と供述しているが、これまでの複数の犯行で少女らに性的暴行が加えられた形跡はないと言う。彼にとってわいせつな行いとは殴打や刺突を表していたのかもしれない。決して救われぬ性癖が発露した瞬間だった。
彼が開花したのは高校生の時分である。学校生活になじめぬストレスをアニメで埋め合わせしていた頃、作中の美少女が痛めつけられ、腹部から出血している様子にひどく興奮を覚えるようになる。そこから流出する血液が服に浸透して真っ赤に染まりゆく。刃物に男根が宿るまでそう時間はかからなかった。
しばらくの間は自傷行為で性欲を抑制しようと試みたものの、精神科への通院を続けていく内にやがて限界が訪れる。主治医や周囲の制止は彼の身を慮っての事だったが、彼には自分の代わりに現実の少女を刺す行為を正当化しうるように聞こえた。
その後はやり手のビジネスパーソンが転職を繰り返してキャリアを積んでいくように、彼自身も狂人としてのキャリアを蓄積させていった。彼にとって刺突や殴打は挿入のメタファだった。場所はできれば腹部が好ましかった。彼は僕たちが行為に及ぶ時と同じ感覚を得ていたのだろうか。
ほとんどの人たちは幸運にも猟奇的な性癖を持たずに済んだ。ゆえに当たり前のように彼を人非人として扱い、理解できぬと拒絶の意思を示す事は非常にたやすい。実際、彼の性欲に陵辱された被害者やその遺族の心境を思うと処罰感情が高まるのも無理からぬところではある。
無理からぬところではあるけれども、それでも彼が自身に不適合な性癖を持ってしまった事には一抹の同情を禁じえない。たとえ同じ性癖であっても、みんな何かしら折り合いをつけて暮らしているが、少なくとも彼の手には余るものだった。せめてそれぐらいの斟酌の余地は残されているように思う。