中学以来の友人Yがインドから一時帰国してきた。彼が言うには、インドでの暮し向きは期待ほど愉快なものではなかったらしい。なんでもコロナ禍により移動が厳しく制限され寮からほとんど身動きできず、昭和然とした文化に染まりきった勤務先にも白けてきたという。グローバルに展開しているからといって企業体質が合理的とは限らないようだ。
そういった現地法人の上役たちは、世界に打ってでる典型的な企業戦士として――まさにサムライの面持ちでこれまで戦ってきたのだから、下の者にも同じ信念を要求するであろうことは想像に難くない。とはいえ、ピストル相手に日本刀で斬りかかったところで撃たれてしまえば終わりだ。いずれ古い慣習を見直す日が来るだろう。
さて、結果的に緊急事態宣言直前に滑り込む形でわれわれは一日中遊んだ。浅草を見て回り、コーヒーを嗜み、ひたすらホルモンを貪り食った。最後に映画を観終わってTOHOシネマズから這い出てきた時には既に午後11時を過ぎていた。通りの店があらかた閉まり、路上に弾きだされた人々がたむろする歌舞伎町周辺はいかにも淫靡で不穏な雰囲気が漂っていた。
友人Yは僕にいくつかのインド土産をもってきた。今回は日記の体裁を借りてこれらを紹介しようと思う。予め言っておくが呪いのかかった像とか空飛ぶ絨毯とかは出てこない。
インド産蜂蜜
いつも僕は最寄り駅を挟んで反対側にある直売所で埼玉県産の蜂蜜を買っている。徒歩だと20分近くかかってしまうが、とても品質に優れている上に割安なので手放せない。
上品な余韻が楽しめる国産蜂蜜とは対極的に、このインド産蜂蜜は舌の上で甘味がやたらめったらに暴れまわるような野性味あふれる味わいがする。「Wild Honey」という商品名の通り、まさにワイルドな代物だ。固めのバゲットと相性が良さそうな具合だった。
よく確かめると上等な酒のようなアルコール発酵風味の後味も感じられ、これがインド産蜂蜜の特徴なのかは知らないがなかなか面白い。少なくとも国産やハンガリー産の蜂蜜には見られない。しばらくは比較だけでも楽しめそうだ。
インド産岩塩
僕は元々(インドではなくパキスタン側の)ヒマラヤ岩塩を日常的に使っている。このタイプの岩塩は外見から「ピンク岩塩」と言われており、もっぱらステーキや温野菜などの味付けに用いられる。純白の岩塩(ホワイト岩塩)と比べて柔らかな塩味が特徴とされる。
僕はホワイト岩塩の方を普段買っているが、改めて味わってみるとピンク岩塩も悪くない。Yがくれた岩塩は粒度が細かく後付けの調味料に適していると感じた。今のところは茹でたブロッコリーの味付けに使っている。
インド産コーヒー
Yには申し訳ないが、実を言うともらった土産の中では一番期待していなかった。恥ずかしながらこれまでインド産の銘柄に馴染みがなく、そもそも存在するのかも知らなかったからだ。ましてやどこの馬の骨ともしれないコーヒー屋では焙煎方法も不明瞭だ。なので、ブラックではなくカフェオレ用になるだろうと飲む前から半ば決めつけていた。まったく、嫌味な性格をしているな僕は。
しかし実際に飲んでみると、いやはや、これがなかなかうまいのである。焙煎日から一月以上経過しているのでやはり相応の劣化は認められたが、それを差し引いても十分にブラックで楽しめる品質だった。聞けばこの「BLUE TOKAI」というインドのコーヒー専門店は高品質な焙煎で知られ、同国産コーヒー豆のブランド力牽引に一役買っているそうだ。
公式ホームページで情報を調べてみると、なんとあのプロバット社製の焙煎機を使っているという。プロバットはドイツの老舗焙煎機メーカーで、半熱風式の中ではギーセン社と並んで二大ブランドと目されている。僕はフジローヤルの直火式焙煎機の味が一番好きだが、これらの焙煎機からも歴史に裏打ちされた確かなクオリティが感じとれる。
対して、大抵のコーヒー豆は完全熱風式の巨大な焙煎機で焙煎されている。いわばこれは電熱ヒーターで調理された焼き鳥のようなもので、少なくとも賞味の点ではとても評価には値しない。にもかかわらず、コーヒー専門店を謳っている店の多くが恥ずかしげもなく完全熱風式のコーヒーを出してくる。焼き鳥と異なりコーヒーの味そのものに真価を見出している客がまだ少ないためだ。
きっと「BLUE TOKAI」は昨今のコーヒーブームに乗っかっただけの業者ではなく、真剣にコーヒーと向き合っているのだろう。縁もゆかりもない国の話ではあるが、いちコーヒー愛好家として陰ながら応援したい。
まとめ
Yのやつ、ひょっとすると土産物を選ぶセンスがめちゃくちゃ優れているんじゃないか。日持ちが良く、日常の中で消費できて、それでいてプレミア感も備わった品物をしっかり見繕ってきている。やはり海外渡航経験が豊富だとその辺りの能力が磨かれていくのだろうか? 僕は自分への土産選びすら失敗した(以前、香港土産として変な味の菓子を買って帰ったが、結局食べられずに捨てた)というのに。