2021/11/13

16年ぶりのゴルフ

まるで定年退職したての老人みたいなタイトルだな。いかにも「時間に余裕ができたのでこれからは気ままにゴルフでも楽しみます」って感じの風情だ。だが僕は違う。僕はまだピチピチの28歳だし、小学生の頃にゴルフをしていたから16年ぶりというのも嘘ではない。実際、かなり真剣にやってた。コーチもつけてもらって県大会にも出場した。

僕には長い付き合いのコミュニティが2つある。そのうちの片方は主に30代独身男性の集まりで、昔はよく一緒にゲームをしていたが最近はスポーツやアウトドアに各自熱を上げている。そこの連中がゴルフをかじりはじめたと知ったのは一週間ほど前になる。Discordのチャット欄にアップロードされた、友人たちのためらいがちな初々しいスイングを見ると小学生の時分を思い出す。

僕がゴルフをはじめたのは6歳かそこらの頃。当時発売されたばかりの「マリオゴルフ64」にドハマりしていた僕が、祖父の家の玄関に立てかけられたキャディバッグを覗き見て「本物のゴルフクラブだ!」と目を輝かせたのはとても自然な話だった。祖父も祖父で今から仕込んでおけばじきに孫と一緒にコースを回れると踏んだのか、その場ですぐにゴルフをやる流れになった。なにしろ、この時の祖父こそがまさしく長年の公務員生活から解き放たれた、定年退職したての老人だったからだ。つまり、時間と金をめちゃくちゃ持て余していたのだ。

さっそく祖父は自身のクラブセットをゴルフ用品店に持ち込み、僕の身長に合った長さの短尺シャフトに取り替えさせた。そして「自分のクラブは孫にあげたから」という体裁で即座に新品のクラブを購入せしめた。これは祖母の厳しい財政管理をかいくぐる作戦として完璧に機能した。こうしてあっという間に――わずか6歳の少年にフルセットのクラブがあてがわれた。田舎なりに広い庭で雑にスイングの要領を身に着けさせられた僕は間もなくゴルフ練習場、いわゆる「打ちっぱなし」に通い出した。

そこではすでにレッスンコーチが待ち構えていた。3階建ての年金と相応の預貯金を持つ祖父は金に糸目をつけなかった。レッスンコーチの方も小学生の生徒となるとますます気合が入ったのか、授業の大半を基礎的なゴルフのマナーや作法に割いた。ぶっちゃけて言うと、僕はこれが非常に嫌だった。貴重な土日に30分近くも車に乗って連れてこられた先で、ただの1回もクラブを握らせてもらえずにひたすらバンカーの整地ばかりさせられる苦しみをどうか想像してほしい。6歳児にバンカーレーキは重すぎる。

ようやくまともに球を打つ機会を得たのは月2回のレッスンを3、4回は受けた後だった。レッスンコーチはスイングにずいぶんこだわりがあり、初動の形が不完全だとショットを中断させてまで修正を施した。結果、1時間のレッスンの間に打った球の数はひとカゴ分にすら満たなかった。レッスンさえ終われば後は夕暮れまで好きなだけ打ちまくれたので、僕は打ちっぱなしに行くたびにどうやってコーチとの時間をやり過ごすか考えていた。

そんなこんなで数年経ち、ショットの品質が安定してくるとついにコースデビューの話が持ち上がってきた。しかし8、9歳の筋力ではドライバーでさえ150ヤードも飛ばせない。体力的にも通常のコースはハーフでも回りきれないだろうということで、コースデビューはショートコースで行われた。ショートコースは文字通り短いコースしかない。成人なら7番アイアンでグリーンを飛び越えるようなミニチュア具合だが、当時の僕にはそれでも感動するほどすべてが巨大に見えたものだ。

もっとも肝心のコースデビューの出来は散々だった。練習場のマットとリアルな芝生(ターフ)の違いを身をもって味わわされた。クラブを球の手前に打ちつけてしまう「ダフり」はマット上だと反発してそこそこ飛んでくれたりもするが、ターフではヘッドが土にめり込んで球に接触することすら叶わない。球はめくれあがった芝に動かされて数十センチ転がる程度で、空振りしたのとほとんど変わらない結果となる。練習場では気にも留めないスライスも下手をするとOBだ。成人でもこういうミスショットを連発するとすこぶる機嫌が悪くなる。僕も半泣きになりながら初回のプレイを終えた。にも拘らず何度もコースに行きたがったのは、やはりゴルフが好きだったからだろう。

そんな僕に県大会出場の話がやってきたのは、飛距離を伸ばし正式なコース試合にも慣れてきた小学6年生の頃だ。ところがその頃の僕はあまり気乗りがしなかった。当時の僕の興味関心はコンピュータとインターネットにだいぶ偏っており、他の分野には一切目移りしないほど熱中していたからだ。読む雑誌もゴルフ雑誌ではなくパソコン雑誌に変わっていた。しかし「12歳以下の部」は来年になると出られなくなるとの説得を受けて、一応出ることにした。とはいえ、祖父も祖父で新しいパソコンを一式買い揃えてなにやら夢中になっていた時期だったので、僕の本音はよく理解していたと思う。

そういうテンションで出場したものだから当然ながらスコアは芳しくなかった。リーダーボードに掲載された順位でも下から数える方が早かった。僕より年下の10歳くらいの子がずっと上位にいたりして、僕はいよいよ潮時を悟った。真剣になれないのならプレイしていても仕方がない。皮肉にもこれは実父との確執をきっかけに僕が母に引き取られたことでなんとなく実現した。ド田舎の岩手県から東京都に引っ越して生活様式が大きく変わってしまい、もはやゴルフどころではなくなったのである。

以来、ゴルフのことは完全に忘れ去ったはずだった――先週、友人連中が楽しそうにクラブを振る姿を見るまでは。 せっかく筋トレやランニングを日々こなしているのにスポーツの一つも手を出さないのはいい加減つまらんじゃないか、などと取ってつけたような理由を頭に浮かべながら僕はメルカリを開き、送料込み1000円という破格の値段で出品されていたアイアンセットを即座に購入した。

手に入れたアイアンセットは番手が6番からしかなかった。どうやら16年の年月はアイアンのかつての常識を変えるには十分すぎたらしい。例のレッスンコーチは「3番アイアンを使いこなせてこそ一人前」と僕が当該のアイアンでミスショットを打つたびに説教をかましてきたが、今時のアイアンセットには3番や4番は入らなくなってきているそうだ。僕が買ったセットのように5番さえない場合もしばしばある。

その代わり、昔のクラブと比べてロフト角がずいぶん立っている。雑に言えば近年の7番アイアンは昔の6番アイアン並に角度が浅く、飛距離が出る。同様に、6番アイアンは5番アイアン並になっている。それでいながら設計やヘッドの大きさが改善されているので昔のアイアンより格段に打ちやすい。

「もう握り方すら忘れたよ」とDiscordで謙遜した僕の手は、クラブを握った瞬間にまるで意志を持ったかのようにおのずとオーバーラッピンググリップの構えをとった。中身を詰め替えた直後の霧吹きの出が悪いように不安定なショットを数発飛ばしたのも束の間、肉体に記憶されたスイングと身体の動きが同調してからは実に楽しい一時だった。

まさかあれほど嫌だったスイング指導のありがたみを16年越しに理解するとは思わなかった。実際、客観的に見てもなかなか悪くない。しかしゴルフグローブの用意を忘れたのは完全に失敗だった。やむをえずダンベルトレーニング用の指ぬきグローブで代用したが、指先の皮がズダボロにめくれてめちゃくちゃ痛い。

うーん、やはりゴルフは楽しいな。アイアンセットだけではコースは回れないのでまずはドライバーを買うことにしよう。ちなみにマリオゴルフは64よりもゲームボーイカラー版の方が面白かった。

©2011 Rikuoh Tsujitani | Twitter | RSS | 小説