2022/02/09

ビーカーをコーヒーで満たしたい

そのガラス製品が特有の悲鳴を轟かせた直後、僕は後悔の念をまた一つ積み上げる。ああ、やってしまった。 兎角、僕はガラス製品と相性が悪い。人生の道中で割ったガラス製品は数知れない。なにも大切にする気持ちがないわけじゃない。むしろかなりていねいに扱っているつもりだ。にも拘らず、ふとした拍子に手元が狂ってしまう。3000円近いのウォーターグラスを買って1週間足らずで割ってしまった時には、いよいよ自分はガラス製品にふさわしくない人間なのではないかと真剣に悩んだほどだ。

しかし数日後にはしれっとした顔で同じウォーターグラスを買っていた。アルコールでも水でも、およそ飲み物にこだわりを持つ人たちならきっと分かってくれると思う。世の中にはどうしてもガラスに容れたい液体がある。 その液体の有り様を余すところなく観察できて、あらゆる化学的変化と無縁のガラス容器はまさに真実そのものを写し出しているかのようだ。だから僕はミネラルウォーターは極薄のガラスで作られた専用のウォーターグラスでしか飲まないし、お茶も耐熱ガラスのティーポットで淹れている。そこには意固地になって使い続けていればじきに手慣れてくるだろうという計算もあった。

ところが先日、またやってしまった。 『また』の右上にはそろそろ2より大きい指数をつけるべきかもしれない。今回やったのはコーヒーサーバ兼メジャーカップの注ぎ口だ。ドリッパーやマグカップと一緒に並べて乾かしておいたのを取ろうとして、注ぎ口の部分がドリッパーに当たってしまったらしい。鋭い悲鳴とともにいかにも怨念のこもった口をしたメジャーカップが形成された。

命を刈り取る形、とはこんな具合のものを指して言うに違いない。だが、注ぎ口の形状がたとえ加害性を帯びたとしてもコーヒーを受け止めさせるぶんにはなんら問題なかったりする。傾斜部分までは喪われていないので、マグカップにコーヒーを注ぐ時も大して困らない。こいつが真に加害性を発揮するのは洗い物のタイミングだ。洗われる身分のくせして生意気にも割られた恨みを持ち主に返そうというのだ。おかげでここ2日ほどは生きた心地がしなかった。この凶悪極まりないギザギザに手を引っ掛けでもしたら危うく障害年金の受給要件を満たしかねない。

僕はコーヒーを1日に2、3回は飲む。他に適当な耐熱容器を持たない以上、僕は毎日2、3回もこいつに復讐の機会を与え続けることになる。そんな理不尽は御免被りたい。となれば、やはり早急にコーヒーサーバを新調しなければならない。実を言うと候補らしきものはずいぶん前に見繕ってあった。せっかくHARIOのドリッパーやティーポットを使っているのなら、コーヒーサーバも同一メーカーで揃えたがるのが人情である。もともとHARIOは化学実験用のガラス製品も作っているのだが、なんでもそれらをキッチン向けに作り変えた新シリーズを近年展開したという。

Crafts Scienceと呼ばれるこの製品群にはまさしく名前通りの質実剛健さが備えられており、実勢価格も意外に高くない。これまで使っていたIwakiの耐熱ガラスメジャーカップも1000円くらいしていたことを考えると、値段差はほとんどないに等しい。なぜ僕が花瓶みたいに湾曲したシャレオツなコーヒーデカンタを買わないのかといえば、値段が高い上にめちゃくちゃ洗いにくいからだ。その点、取っ手のついた耐熱ビーカーは理想的なコーヒーサーバの要点を既に満たしている。きっとHARIOもそこに気づいたのだろう。

で、届いたのが今日だ。見てみるといかにもビーカー然とした装いでこれといった感慨は薄い。強いて挙げるなら思いのほか軽かった。300mlの方を買ったので以前より容れられる量は少なくなったが、どうせ僕は1回に150mlちょっとしか淹れない。結果的にはかえって妥当な線に落ち着いたと言える。かくして僕を仕留め損なったIwakiのメジャーカップは二重のビニール袋に包まれ、後は燃えないゴミの日に回収される時を待つばかりとなった。

せっかくなのでコーヒーをビーカーに抽出した後の動画を撮ってみた。こういうのも広義のASMRにならないだろうか。

©2011 Rikuoh Tsujitani | Twitter | RSS | 小説