2022/08/25

不眠との戦い:シーズン4

オンラインゲームが原因で不眠をこじらせたのは大きく区分すればこれで四度目だ。一度目は中学生の頃、二度目は大学受験中、三度目は五年くらい前だった。運動習慣と良質な食生活を確立してなお眠れなくなるのだからオンラインゲームというやつはまことに恐ろしい。

おそらく、単に就寝時間が遅くなること以上に交感なんとか神経みたいなのがいたずらに刺激されすぎて、一種の興奮状態に陥っているのだと思われる。結果、今日こそは早く床に就くと決意を固め、事実それを成し遂げたとしても、翌朝現れるのは褥にかじりついたまま陽光を恨む無力な自分である。「明けない夜はない」と言うが、僕が眠るまでは明けないでほしい。

数多ある空虚な時間の中でも眠れぬまま寝床に横たわっている時ほど辛く苦しいものはない。一時が二時になり、二時が三時を過ぎる頃にはやにわにカラスが騒ぎだし、道路ではなにがしかの車かバイクが排気音を唸らせる。そこから徐々に空が明るみはじめ、結局われわれは不本意に徹夜を余儀なくされる。深夜、ああでもないこうでもないと過剰に働いた脳味噌はその日中、驚くほど機能しない。

五年前の僕はこうした事態を解決するためにしばしば睡眠薬を用いた。地道に生活習慣を改善するよりも、オンラインゲームのプレイ時間を抑制するよりも、確実に眠りに導いてくれる眠剤は極めて合理的なソリューションに違いなかった。名をマイスリーと言う。

マイスリーは実にすごい薬だった。たとえオンラインゲームで奇声をあげた直後の午前三時半だろうと、ガリッとひと粒かじればたちまち世界が曖昧になっていく。寝床で悠長にTwitterを開いて、眼球にブルーライトをしこたま浴びせていようが関係ない。

むしろしきりに文字を眺めていると、だんだんと文字が浮き出してきて空中を浮遊するような奇妙な幻覚体験が得られることから、僕は意識が飛ぶまで積極的にディスプレイを見つめていた。なにしろどのみち快眠は確約されているのだから。

そんな調子でマイスリーをかじっているとやはり耐性がついてきて一錠では効かなくなってくる。相変わらず文字という文字はディスプレイから空中に浮いているし、それとなく認知力が鈍麻している自覚はあるのだが、本来静まるはずの神経がいつまでもバチバチに起きあがったままで、どうにも眠りにはつけそうにない。やむをえず僕はその日から二錠かじることにした。言わずもがな、まもなく三錠に増えた。

このように明らかに中毒者と化していた僕だったが、夜中のオンラインゲームはあまりにも楽しすぎたし、それはそれとして朝は起きて活動しなければならない。一度目や二度目の時はやり方を知らなかったゆえどちらかを犠牲にするしかなかったが、”合理的なソリューション”が手元にあった当時、そのような妥協はもはや必要ない……わけがない。 結論を言えば、体調に悪影響が現れたあたりでやめざるをえなくなった。

眠剤中毒について調べると、中には激しい禁断症状や夢遊病に似た症状――服薬後に異常な内容のメッセージを知人に送信したり、実際に行動に及んだりする――に悩まされる人が少なくないと言う。僕の場合は幸いにも短期間の体調不良でことが済んだが、一歩間違えれば本物の薬物中毒に陥っていた恐れがないとは言い切れない。むろん、断薬はそこそこに地獄の苦しみだった。とはいうものの、全生物が当たり前に行えるはずの睡眠の難易度を勝手にヘルモードに引き上げたのは、他ならぬ僕自身である。

そして今月、四度目の不眠に見舞われた。運が良ければ比較的早いうちに眠れるが、そうでなければほぼ徹夜状態で寝床から這い出す羽目になる。たとえヘトヘトになるまで運動していても決して神経は落ち着かない。あらゆる刺激に対応しようとする肉体の鋭利な仕組みにはぞっとさせられる。急ぎゲームを中断して早一週間余り。まだ不眠との戦いは終わりそうにない。

だが僕はもう眠剤には絶対に手を出さない……ただ眠れないだけならギャグで済む。絶望の起床、とかなんとか言って仮に寝坊したとしても、実のところ大して深刻ではない。あの苦しみと比べたら……褥にかじりついている方がよほどマシというものだ。

©2011 Rikuoh Tsujitani | Twitter | RSS | 小説