2024/01/29

腕環境改善Ⅰ

指先はだいぶ満足したので腕の環境も充実させなければならぬ。言うまでもなく、腕にはまっているのはスマートウォッチなのでこれを腕環境と表すことができる。2年半前、僕はXiaomi Mi Watchを買った。ちょうどランニングが板についてきた時期で、より携帯性の高いGPS機能を求めていた。いちいちスマホを持っていくのが面倒だからだ。ランニングは軽装であればあるほど望ましい。

当時の基準からするとMi Watchは十分に有用な機能を持っていた。1万円足らずの実勢価格にしてはほとんど申し分がない。正直に言うと、2年半経った今でもこれで事足りないことはない。買い替える理由は単なる気まぐれである。当初、僕が欲しかったのはNothing(あのNothing Phoneを出している会社だ)のサブブランド「cmf」によって発売されたcmf Watch Proだった。

見て分かる通り、トップブランド顔負けのクールな筐体とUIを備えている。当然、バンドではなくウォッチなのでGPSも搭載されている。現状の機能に不満がないのなら優先すべきは見てくれの方であり、そこへいくとこの製品は僕の条件をうまく満たしていると思われた。事実、同様の考えを持つ人は多かったみたいで、発売日当日にはあらゆるショップで軒並み売り切れが続出していたほどだ。

再入荷を待つ間、僕には本製品のレビュー情報を参照する機会が与えられた。すると、卓越したデザイン性を絶賛する声の裏にいくつかの懸念材料が見つかった。曰く、ショートカットの順番を並べ替えられないだとか、マルチタスク処理が未熟だとか、スマホ側の連携アプリの完成度が低いだとか、さらに肝心のフィットネス機能に至っては旧式のMi Watchよりも物足りなさが目立つ。

聞けば本製品は既存製品の金型を流用したリブランド品だとのことで、それゆえ新製品と謳いつつも実態としては古い部分が少なからず残されているという話だった。これらの懸念点を精査した結果、誠に恐縮ではあるが今回は採用を見送る形と相成った。僕はそっと「ほしい物リスト」からcmf Watch Proを外し、別のスマートウォッチを探しはじめた。後継機のご活躍に期待だ。

次に検討したのはXiaomi Smart Band 8 Proである。スマートウォッチではなくバンドなのに、Proモデルの看板に物を言わせるためかGPSが搭載されている。どうもXiaomiはMi Watchの後継機を高級ライン化したいらしく(Xiaomi Watch 2 Proは実勢価格4万円超えだ)、従来のMi Watchの価格帯はBandシリーズの方のProに譲り渡す方針のようだ。

そういうわけでこの製品は元のMi Watchの精神的な後継と言えなくもない。実際、あらゆる機能がMi Watch比で堅実に進歩しているし、値段も大して変わらない。連携用のアプリも同じ(Mi Fitness)なのでデータも引き継げる。まさしく大本命の製品に違いない。日本国内で発売さえしていれば。

そう、Xiaomi Smart Band 8 Proが中国本土で発売開始されたのは昨年の夏頃。それから600年以上の年月が経ち、人類の活動領域は太陽系末端にまで広がり、深宇宙進出へ向けて人類総機械情報化を標榜する太陽系連邦と、自然との調和と共生を訴える地球・月連合共和国の終わりなき戦争が繰り広げられているこの宇宙時代に至っても、未だ本製品は国内で発売されていない。

AliExpressから個人輸入して買えるバージョンはあくまで中国向けのエディションなので、日本語表示が曖昧だったり中国国内でしか使えない機能が残置されていたりする。諸外国ではグローバルエディションの商標登録が行われた形跡があるという話だが、待てど暮せど日本国内での新情報は出てこない。

そして先日、本製品を差し置いてSmart Band 8 Acitveなる新製品の発表が行われた。これはスマートウォッチではなくProでもないのでGPSは搭載されていない。他にどんな機能があろうともGPSがなければランニング用途には力不足だ。この期に及んで発売予定が告知されないのでは当面、Proモデルの国内発売はないと判断せざるをえない。三度、スマートウォッチ探しの旅が再開された。

ところで、僕はスマートウォッチを検討するにあたって決済機能をまったく考慮に入れていない。なぜならApple Watch以外のスマートウォッチは現状どれも決済周りの実装があまりに貧弱すぎるからだ。たとえば、ごく限られたクレジットカードしか登録できないだとか、Suicaであれば定期券が使えないだとか、中には残高の移行すら不可能なものまである有様で、到底あてにしていい代物ではない。そのくせSuica対応だと最低3万円くらいはしたりする。

幸い、僕のスマホはおサイフケータイに対応している。なにも無理して時計から決済する必要はない。もし僕がiPhoneユーザならもちろん、他の製品には目もくれずApple Watchを買っていたであろうし、決済機能も活用していたに違いないが、かといってそのためだけにiPhoneに乗り換える気にも全然ならない。この辺りはスマートウォッチ業界とFelica規格の歩み寄りに期待するしかないらしい。

以上を踏まえて、純粋にフィットネス&ヘルスケア分野のコストパフォーマンスを追求した結果、Amazfit Activeを採用した。円偏波アンテナとかいう未知の技術でGPS測位の精度がすごいという。他にも心拍数やストレスの測定間隔がほぼリアルタイム(1分間隔)で記録されるようになっていたり、複数の情報を一覧化できるショートカット機能があったりと、二年分の進化がうかがえる。

これらの機能のうち一部はもっと安い製品にも搭載されているものの、実勢価格2万円に適う軽量ながら丈夫そうなアルミニウムの筐体と高精細な有機ELディスプレイには相応の所有感がある。スマートウォッチは実用性のツールだが同時に肌身に着けるファッションアイテムでもある。見てくれが良くて損なことはなにもない。

さらには1.75インチのディスプレイが良い塩梅に腕の表面積の内側にすっぽりと収まる。画面が小さすぎると情報量が乏しくなり、大きすぎると日常生活での取り回しが悪くなる。Mi Watchを着けていた頃はなにかとそこかしこにぶつけて小傷を作ってしまっていたので、使用感を損なわずに破損のリスクを避けられるジャストサイズ感は意外にあなどれない。

また、全体的な形状も好ましい。Mi Watchの数少ない不満の一つが清掃のしづらさだったのだが、このシュッとしたフォルムのおかげで日々のクリーンアップにまず手間がかからない。付属のシリコンバンドも内側にバンドを入れる形式は装着にやや慣れが必要とはいえ、そのぶん堅牢な装着感をもたらしてくれる。

連携用アプリである「Zepp」の品質も高い。Mi Fitnessはバックグラウンド起動の挙動に若干の怪しさが否めなかったが、こっちはスムーズに同期が行われている。各機能やショートカットの表示もかなり細かくカスタマイズできる。調べるとAmazfitブランドを展開するZepp社(旧Huami社)は長年、XiaomiにOEMを供給してきた実績豊かなスマートウォッチメーカーで、会社設立は2015年頃にまで遡るようだ。それだけ総合的な開発設計に手慣れているのだろう。

唯一、実勢価格2万円のスマートウォッチにしては珍しくディスプレイに自動調光機能がない欠点も、有機EL由来の発色の良さのおかげかさほど気にならなかった。そのぶん音楽用の内蔵ストレージやスピーカー、マイク、通話機能など他のハードウェア実装が充実しているので、トレードオフと捉えると案外悪い話ではない。

結果、まだ使いはじめて3日目だが非常に満足している。Mi Watchから他社製品に乗り換えたことで過去の記録は諦めざるをえなくなったが、Amazfitはサードパーティのアプリにも対応しているため今後のデータは持ち越せる見込みが高い。未だ古びた地球に固執する頑迷な肉体主義者を粉砕すべく、僕は今日もランニングに勤しむ。木星の重力は重い。

©2011 辻谷陸王 | Fediverse | Keyoxide | RSS | 小説