2024/02/03

太巻きへの偏愛

節分である。世間では鬼を戸外に放逐せしめるべく豆をぶつける行事が主と捉えられているが、僕の中ではもののついでとばかりに売り出されている恵方巻きの方がよほど嬉しい。というのも、おおよそ太巻きと定義されうる万物が僕の好物に当てはまるからだ。正直、具の中身は割となんでも構わない。海苔と白米の懐は日本海溝よりも深い。

しかしリアルな伝統に裏打ちされた豆まきとは異なり、恵方巻きの依拠するバックグラウンドストーリーはだいぶ疑わしい。なんでも昔の関西地方にそういう風習があったとかなかったとかそんな具合らしいが、現実、恵方巻きがそこかしこで手に入る昨今の状況は誠に遺憾ながらセブンイレブンの商業的動機によるものに過ぎない。食品ロスも確かに問題だ。僕の胃袋に全部収められたらいいのに。

とはいえ、まあ、小難しい話はとりあえずいいじゃないか。僕はただ太巻きが食べたいだけなんだ。どういうわけか巻き寿司の扱いは握りと比べて微妙に芳しくない。巻いてあっても大抵は細巻きでダイナミックさに欠けている。別に中身が海鮮じゃなくたっていいんだ。色んな種類の太巻きをいつでも売ってくれればいいのに、現状それらの需要は今日この日、すなわち節分にのみ集中している。

ならば、一丁乗るしかないだろう。恵方巻き文化が定着してからこっち、食品メーカー各位の便乗商法が功を奏してとにかく巻いてあればあやかれるだろうとの目論見通りに、節分の日には全国の至る場所で、ありとあらゆる種類の「恵方巻き」が売られている。僕が理想とする日ノ本の光景が目の前に広がっているのだ。今日だけは「まるごとバナナ」も恵方巻きだ。

午前十時、僕はそろりと外套を着込み近所のイオンへと赴く。恵方巻きを買うとなったら断然、イオンだ。まず品切れという概念が存在しない。群がる無数の買い物客どもが品物を手に取る端から、次々と新たな恵方巻きが陳列棚に供給されていく様はまさに圧巻と言わざるをえない。

次に、品数の種類だ。先ほど言ったように僕は恵方巻きの中身はなんでもいい。なんでもいいというのはランダムに一つ買うという意味ではなく、どんな中身であれ買えるだけ買うという意味だ。といっても、各店で手に入る恵方巻きを手当り次第に買うのは手間だし、具材の大部分が被っているものを複数買うのは非効率極まる。

そこへいくとイオンは膨大な売り場面積を十全に活かして恵方巻きの差別化を図っている。本まぐろ一本で勝負するシンプルな恵方巻きから、大量の具材がぎちぎちに詰まった高級志向のものまで、レパートリーの豊富さには事欠かない。後は自分の胃袋のサイズと相談すればいい。実際にそれをやった結果が、記事冒頭の投稿である。実に壮観であろう。

海鮮五福恵方巻き

その名の通り、五つの具材が入っている。上位モデルに七つの具材が支配する海鮮七福恵方巻きも存在しているが、僕は数の子があまり好きではないのでこちらを選択した。計算され尽くした魚介のハーモニーが相乗して舌を歓喜せしめたのも束の間、いたずらに具材を詰め込んだ太巻きがまともな形状を保てるはずがなく、数口食べた途端にあっけなく瓦解の憂い目を見ることとなった。

今さら言うまでもない話だが、今年の方角は南南某だとか、食べきるまでは沈黙を保つだとかいう謎ルールは、単に太巻きが好きでこのイベントに一口乗っている僕には一切適用されない。ママンと談笑しつつ映画を観ながら全然普通に食べた。スクリーンの中のジョン・ウィックは息苦しそうだったが、僕はゆっくり食べているのでちっとも苦しくない。

他にもほたてなどを主力に据えた三種類入りの恵方巻きも食べた。どう考えてもこっちの方が完成度が高い。海鮮丼のように丼の中で一緒に食べたい刺し身を自分で都度選べるのならともかく、すべてがFになる太巻きの世界において五種類や七種類は明らかにバランスを欠いていると評せざるをえない。だが、なぜか毎年必ず一つは選んでしまう。行楽地でやたらデカいだけのホットスナックを買ってしまう時の心境と似ている。

キンパ

「まるごとバナナ」で恵方巻きにあやかろうとする商魂たくましさが通用するのなら、当然、異国から舶来せしダークホースであるキンパも恵方巻きに数えられる。迫る多様化の波を韓国のりでできたサーフボードで乗りこなす胆力がなければ今後の恵方巻き界を生き残ることはできない。

肝心の味はというと、まあ普通にキンパだ。学生の頃に初めて行った韓国で食べたキンパの味に衝撃を受け、大量に買い込んでは店員にカタコトの日本語でツッコまれたのも今は昔。令和の日本ではコンビニでもキンパが売られている。そういう意味ではありがたみは薄れてしまったものの、特別な日に作られたキンパなだけあって割に上等な具材が用いられている。

このキンパの選択肢が浮上する前にかなりの種類の恵方巻きをカゴに入れてしまっていたので、やむなくハーフサイズに甘んじてしまったが次回はフルサイズを買ってもいいかもしれない。それにしてもこの頃の韓国フードの躍進ぶりは目覚ましい。昔はなにかとネット上で執拗に叩かれていて、僕はずいぶん孤独な戦いを強いられたものだった。あの匿名掲示板の連中も今時分はキンパや辛ラーメンを食べてみたりしているのかな。

ヒレかつ巻き

結論から言うと僕が一番好きな恵方巻きはヒレかつ巻きだ。その証拠に画像がない。今週は恵方巻きの話を書こうと思いついた時点で、フルサイズ二つぶんも用意してあったヒレかつ巻きを初手で食べ尽くしていたからだ。変わり種にしてもさすがにこれはどうなんだと訝しむ声もありそうだが、僕はここではっきりと言っておきたい。

数ある恵方巻きの中で、ヒレかつ巻きの潜在価値がもっとも高い。なぜなら買うと値段は安いのに、自分で作ろうとすると急に難易度が跳ね上がるからだ。きょうび、恵方巻きをホームメイドする試みは実施しつくされていて、もちろんイオンにも多くの材料が売られている。異国グルメのキンパでさえ作るのはそう難しくはない。

一方、ヒレかつ巻き。こいつはそうはいかない。兎にも角にもカツを揚げないことには始まらないが、まずそこからしてすでに面倒くさい。その揚げたてのカツをわざわざ常温程度に冷まさないといけないのも割に合わない。さらにはそうやって揚げたカツを、なんらかの工夫でもって太巻きの内径に適合させなければならないのだ。揚げる前に切ってもいいが計算が狂うとかなり貧相になる。

ところがこのヒレかつ巻き。近所のイオンに併設されているとんかつ屋では五百円ちょっとで売られている。最初に紹介した五福なんとやらが千四百円くらいもしたことを考えるとまさに圧倒的なコストパフォーマンスだ。して、五百円で十分に設計された商品が手に入るのに、なぜわざわざ自分で冷ます前提のカツを揚げる必要がある?

しかもこのヒレカツ巻き。僕の知るかぎり節分の日でなければ手に入らない。全国のどこかには通年販売している地域があってもおかしくなさそうだが、少なくともさいたま・浦和の地ではとんと見かけた覚えはない。ゆえにヒレカツ巻きは僕にとって最高にめでたい恵方巻きであり、一年に一度しか食べられないレジェンドレア級の代物なのである。

だから今年はフルサイズのヒレかつ巻きを二つも買った。来年はたぶん三つ買う。しかし他の恵方巻きの分量を減らすわけにもいかないので、いっそ当日中に食べ切る戦略を諦めて二日がかりで楽しむとか、翌々日の弁当にも転用するといった長期的計画を検討しはじめるべきなのかもしれないな。

©2011 辻谷陸王 | Fediverse | Keyoxide | RSS | 小説