2024/05/12

革探しの旅

ふと、身につけている革製品を新調したくなった。僕がいま使っている革製品はだいたいどれも学生の頃に買い揃えたものだ。つまり10年近くは使っている。革製品の寿命は長い。数十年かそこらでは機能的な支障はまず生じない。

だが当然、学生の頃に買ったのだか品物選びには10年前の僕の美意識が反映されている。昔の僕の見る目がなかったとは言わないが、さすがにそれほどの年月が経てばものの感じ方は変わらざるをえない。20歳と30歳では同じ人物でも中身はほぼ別人だ。

さらには時代の変化も勘定に入れなければならない。ここ数年で店頭での電子決済は飛躍的に普及を果たした。とりわけ都心で生活していると、ラーメン屋にでも行かないかぎりは財布を一回も開かずに暮らせてしまう。かといって、本当に財布を持たないのも心もとない。

となると、財布を持つのはやむをえないとしてもなるべく小さくしたくなる。僕が今使っているスタンダードな二つ折りの財布も十分にコンパクトな部類に入ると思われるが、今やもっと小さいミニ財布の隆盛が著しい。業界もしっかり最新の需要を汲んでいるのだ。

もちろん持つと決まっているからには相応の品物を持つ。近年の情勢を踏まえると今回買う財布が人生で最後の可能性もある。10年後の2034年には皮下に埋め込んだチップで決済していても僕はなんら不思議には思わない。もはやその時代に財布を新調するモチベは残っていないと考えられる。

そこで、週末を使って革探しの旅に出た。狙うは国内の質素堅実な工房で、品質とアフターケアに優れているところだ。重要なのは自分が心から納得できる良品を身につける美意識であって、ブランド力で周囲を威圧することではない。むしろどこの製品か分からないくらいの方がいい。

土曜日

HERZは僕が学生の頃によく世話になっていたブランドだ。現在は足が遠のいてしまったが、新製品がいくつか出ていたので本店を覗きに原宿くんだりまでやってきた。それにしてもなんでこんな坂が多い住宅街の奥地に本店を構えたのだろう。Google Mapなしでは辿りつける自信がない。

店内はフレッシュな革の匂いで満たされている。HERZの革はいかにも革革していてむき出し感がものすごい。分厚いシルエットを隠さずにあえて全面に押し出してくる手法はまさに革そのものを好む人にうってつけだ。代わりにと言ってはなんだが、非常に重い。そこそこの大きさのショルダーバッグが単体で2kg近くする。たとえ空気を運んでいても2kgだ。

もっとも、革製品が重いのはなにもこのブランドにかぎった話ではない。僕がもっぱら革小物しか買わない理由もそこにある。浪漫を筋力で支えきれる者のみが革のリュックやショルダーバッグを担ぐ権利を持つ。不意に雨に濡らしてしまっても折れない心も必要だ。僕はどうしても鞄類はラフに扱いたいので帆布やナイロン製のものを選んでいる。

なんだか話がそれてしまったが、そう、僕は財布を見にきたのだ。HERZの一尺ウォレットは電子決済の流行を捉えた新作で、カード類と小銭入れへのアクセス性が高められている。過去作により小さい一寸ウォレットもあるが、一尺ウォレットの方は展開時の使い勝手が二つ折り財布の感覚に近い。かなり理に適った構造だと思う。

だが、しかし……惜しいな。確かにコンパクトにはなっているものの、革命的なほどではない。カード入れは別に個別に仕切られてなくていいし、札入れもこんなに立派じゃなくていい。なにより展開時のサイズ感が普通の財布と結局あまり変わっていない。二つ折り財布ユーザを取り込もうとしすぎた結果、冒険心を失ってしまったように見受けられる。

ついでに姉妹ブランドのOrganにも足を伸ばした。こっちは質実剛健のHERZとは対照的に柔らかな印象に富んだアイテムが用意されている。たくさん写真を撮りすぎて合間に挟む文章がそろそろ追いつかなくなってきたのでフォトブログばりに写真を並べまくる。

特に気になっていた紙風船ポーチは外からよく見える位置に陳列されていた。これに色々な小物を入れてまとめたらクールだろうな……と想像していたのも束の間、この手の品物は中身に関わらず常に一定の形状を保つという当たり前の事実に気がつく。僕は普段、モバイルバッテリーすらろくに持ち歩かないのでこのポーチを満杯にするのは難しそうだ。

革ポーチの欠点はこういったところに現れる。ナイロンなら内容物に応じてマチが伸縮したりするがシルエットが作り込まれた革製品だとそうはいかない。巾着袋みたいなスタイルなら比較的融通が利くが代わりに中身によっては凸凹が目立ってダサくなる。こんな具合に、決定打が出ないまま土曜日は空振りに終わった。

日曜日

翌日、日曜日。今度は上野へと赴く。万双は学生の頃に興味を持ちつつも「自分にはまだ早い」と一旦見送っていたブランドだ。しかし齢三十に達した今、機は熟したと言える。このブランドも数年前に厚コバと呼ばれるミニ財布を含む新シリーズを展開している。

アメ横の超狭い店内に並べられたそれを見た時、僕の購買意欲は一気に高まった。これだ、このコンパクト感を求めていたのだ。それでいながら少しも貧相は感じはしない。あたかもダレスバッグをスモールライトで小さくしたかのような佇まいが独特の気品を演出している。

店主に指で抑えてもらって中身を撮影させてもらった。財布を開けると即小銭入れ、カード入れは一つのみ、札入れはマジで数枚しか入らない。折りたたみでさえない。ひょっとすると全然普通に使い勝手が悪いかもしれないが、明らかに電子決済前提の時代を狙った作りだ。こういう思い切った設計思想は僕としても大いに買うところである。

あちこちと歩き回った割に文句ばかり脳内で垂れて終わった土曜日とはうってかわって、この日は滞在約15分で購入が済んでしまった。家でさっそく財布の中身を移し替えてみると、驚くほどぴったり収まった。僕はカード類も紙幣もせいぜい5枚前後しか入れない。ちょうどよい買い物ができてとても満足している。

総評

ポーチ類は未だ検討中だが、新しく帆布製のショルダーバッグも注文したのでひとまず30代を見据えた広義の衣替えが完了した。僕は今後10年間のマイテーマを「カジュアルと品位の両立」に定めている。これらのニューアイテムの助けを借りつつ、うまく美意識を充実させていきたい。

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