2024/10/15

(企業側で)転職フェアに行ってきた

土曜日。休日出勤である。本来は先輩の社員が行く予定だったのだが、代休目当てに(平日はゴルフ場が安い)仕事を強奪したのだ。人から奪い取って得する上に感謝までされることってなかなかない。しかし、あまりにも目先の欲に囚われて請け負ったものだから、当日の段取りがろくに頭に入っておらず電車の中で一夜漬けならぬ朝漬けをする羽目と相成った。

結局、典型的な指示待ち人間と成り果てた僕は会場に着くやいなや、右に貼れと言われた用紙を貼り、左に置けと言われたプレートを置き、気づけばそれなりに見栄えのするブースが出来上がっている。同様に、前後左右に並ぶ他社のブースも各々の特色をめいいっぱい凝らしたであろう装飾で満ちあふれていた。

興味深いのは、アニメ関連の事業をしているわけでもないのになにかと新海誠風のイラストを押し出している企業がかなり多かったところだ。現にそうした場所には参加者の入りも良かったように思う。こうしたアプローチが変わり種ではなく半ば正攻法として機能しているのは、まことに時代の流れを感じずにいられない。転職フェアのコミケ化とでも言うべき変化が起きている。写真撮影禁止なのが惜しいくらいだった。

とはいえ、やはりひときわ目立つのは運営側から一律に与えられたメイン看板だろう。そこには数十文字程度で自由にアピールポイントを書き記すことができる。どうやら弊社は年間休日数の多さや残業時間の少なさ、リモート勤務などを売りにしているようだった。勤務先の名誉のために前もって表明しておくと文字通り看板に偽りはない。

例によって他社に目を向けると、誰もが知る大企業やその子会社には「上流工程」、「マネジメント」といった文字列が踊り、いかにも技術志向のベンチャー企業の頭上にはモダンなフレームワークや言語の名称が並んでいる。もっと直球に「3年で年収XXX万以上」と収入面を宣伝している会社もあった。

昼前になるといよいよ参加者が会場に押し寄せ、この日のために各社練ってきた戦略が花開く、と見せかけて、呼び込み人員をキャピキャピした若い女の子たちで固めたブースにばかり早くも人が殺到する。おい! 君ら転職しに来たんじゃないのか?? この助平どもめ!!! 心の中で毒づく。いや、もしかしたら実は優良企業で有名なのかもしれない。決めつけは良くない。

あるいは、自社サービスがスマホゲームの企業もちらほらあった。漏れ聞こえた話によると、どうやら客先常駐で何年か経験を積むと自社のゲーム事業に携わる機会が得られるらしい。今時の若手はアニメが好きなのと同じくらいスマホゲームにも馴染みがあるだろうから、そういう採用戦略も効果が高そうだ。

かなり遅めに与えられた休憩時間では、水道橋駅近くの家系ラーメンを新規開拓しに行った。なんでも会社の金でメシを食べていいという話だ。ついでに良い感じの喫茶店でハンドドリップコーヒーもきっちり頂いておく。休日出勤にこんな役得があるとは知らなかった。ぜひ次も呼んでほしい。

とりわけ面白いと感じたのは「匿名スカウトメール」の仕組みである。参加者が事前に匿名で登録しておいた経歴を、企業側がリアルタイムで閲覧してスカウトメールを送ることができる。当然、数千人規模で続々入場する参加者に対して一人ひとりの経歴を見る時間はなく、条件を絞り込んだ上で一括送信を行う形にならざるをえない。

そうして電子雲にぷかぷかと運ばれて雨のごとく降り注がれた数百通のメールから、ありがたくも弊社をご検討下さった方々がその中の一通を携えてやってくる。その瞬間、おそらくは参加者にとっても企業にとってもただの情報でしかなかった相手の姿かたちが、にわかに実態を伴って現れるのだ。そして、面談を通じて急速に折衝が開始される。

互いに代えがたい利益を懸けて相対する様は、むしろ原初的でより純粋なコミュニケーションに近い。若かりし頃には茶番と軽んじていた就職活動も、いま一度改めて捉え直すと案外捨てたものでもないのかもしれない。単に立場が変わったせいか、それとも視点が増えた影響なのかは定かではないが、たまには冷笑を止めて社会の営みをまっすぐ見つめるのも悪くない。

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