先の参院選は自民党の敗北、国民民主党・参政党の躍進、立憲民主党を含むリベラル勢力の停滞という結果に終わった。与党の過半数割れはともかく、5議席程度の議席増が見込まれていた立憲民主党が現状維持に甘んじたのは予想外だった。与党と野党第一党が揃って振るわないのはなにか示唆的なものを感じる。
思うに、市井の人々は現状の体制それ自体にかなりの不満を抱いている――リベラル勢力ではない日本維新の会が同じく退潮していることを踏まえると、左右どちらかのイデオロギーが目立って支持されているわけではない。まだ試されていない新しい勢力で、かつ目下の不満を解決してくれそうかどうか、という刷新感が趨勢を決めたのだと考えられる。
この推察を補強する事実として、厳しい逆風に晒されている自民党の中でもむしろ保守派、タカ派として知られる佐藤正久氏、杉田水脈氏、和田政宗氏といった議員が続々と落ちている点を挙げたい。もともと彼らが手にしていた票は「まだ試されていない新しい勢力」である参政党や日本保守党に渡ったのだ。
一連の保守派再編成の影に隠れているが、同様の流れで社民党や日本共産党の票をれいわ新選組が吸い取っているであろうところも見逃せない。外国人問題や米価格の高騰など未曾有の課題に社会が直面しているなか、安定よりも即時即応の変化が政治に求められはじめている。
もちろん、現行の議院内閣制下で急峻な改革はいずれにしても仕組み上実現しない。実現はしないが、TikTokやショート動画で切り出されるキャッチーなメッセージが今以上に効力を持つようになり、あらゆる人々の前であらゆる立場を変幻自在にとり、いつでも人々が望む言葉を迅速に供給するのが今後期待される政治家の姿になっていくだろう。
そうした政治空間では行動よりも言葉の価値が重視される一方、一言一句の賞味期限はおそろしく短い。右と言った直後には左と言わなければならない。環境保護も公共事業も、博愛も愛国も一手に担わなければならない。最初の四分間で人々の共感を掻っ攫い、以降の四年間の支持を取り付けなければならない。
じきに一貫したイデオロギーは重い荷物となる。あらゆる問題の解決策を一つの主義主張に求めて納得させ続けるには現代の情報消費は多様化しすぎている。ビッグシルエットが流行りワイドパンツが一斉に売り出されたかと思いきや一転してタイトフィットへの回帰が始まったように、政治もファッション並みのトレンド化を免れられない。
今回の選挙では外国人問題が「トレンド化」した。しかし、実際に迷惑な外国人と遭遇して実害を被った人々が一体どれほどいるだろうか? 大抵の場合はソーシャルメディアや二次、三次情報を通じたコンテンツ消費的認知に留まっているはずだ。ワイドパンツが本当に自分にとって良いものか確かめる前から手に入れて満足するがごとく、トレンドに沿うのに実体験は必ずしも必須ではない。
ということは次の選挙や、さらに次の選挙までに外国人問題が引き続きトレンディさを保っている保証はどこにもない。今回の選挙でたまたま時勢に乗って票を集めた政党や候補者も、次までには別のトレンドを見つけ出さなければ生き残れないかもしれない。こうした状況下では頑なに初志貫徹する政党ではなく、躊躇なくキャッチフレーズを付け替えられる方、すなわちポピュリズム政党の方が有利となる。
参政党のような政党を危険視するならそれは「日本人ファースト」の題目それ自体ではない。より本質的に危ういのは極端に柔軟すぎる「顧客ファースト」の姿勢の方であり、さしてこだわりなく五月雨式に大量のキャッチフレーズを繰り出してA/BテストどころかA/B/C/D/E/F/Gテストも辞さない節操のなさなのだ。事実、彼らの排外主義的主張は数多あるコーディネートの一組に過ぎない。当初の彼らが奇天烈な環境保護政党だったことは早くも忘れられている。
この姿勢は図らずも彼らが敵視しているグローバル企業のやり方ととてもよく似ている。最初から一貫していなければ一貫性を問う批判の方が狭量に映る。広く浅く選択肢を用意してくれる存在の方がかえって親切でおおらかに見える。手頃で安住できる共感を奪いかねない指摘やファクトの方が敵に感じる。
多くの人々――「顧客」に寄り添い、あらゆる解決を約束してくれる政党が権力を握った時、我々は現在なにが問題となっていて、なにを心配しなければいけないのか真には理解できなくなるだろう。もはやその頃には政党がトレンドを模索するのではなく、政党が創出したトレンドを国民が受け入れ、唯一それが気にかける問題なのだと認識させられる。
服飾に関心が薄い人はファストファッション店で手前の目立つ棚から適当に商品を手に取りがちだ。だがそれこそまさしく、彼らがもっとも売り込みたいと思っているトレンド商品にほかならない。また同様に、多くの人が無意識に選んでいるベーシックでシンプルな服装は「ノームコア」と言い、ファストファッション業界が総力を挙げて定着させたれっきとしたスタイルの一つなのである。