2025/10/22

本作り2025秋冬

来月下旬にコミックアカデミーおよびコミティアで合同誌を頒布する。当サークルGradierwerkでは初めての試みとなる定期刊行物の発行だ。毎年最低二回の発行を目標にしている。今回のテーマは『都市SF』に決まった。

よく知られているように、都市SFは順当に書くと概ね「企業・格差・不動産」のいずれかのテーマに回収されていく。つまり非常に物語が被りやすい。ということで今回、僕はあえて悪ふざけに徹してラーメンの話を書いた。すべてが自動化された理想郷的な都市でラーメンを食べる子を描いたほんわかストーリーである。ぜひ楽しみにしていただきたい。

さて先週、僕はその定期刊行物の表紙を作るべく、さいたま市から射出されて東京へと降着していた。特殊装丁を施すのは当サークルのアイデンティティゆえ、定期刊行物とはいえなんらかの工作をしないわけにはいかないらしい。幸い、原稿を書く役割を担っているメンバーのうち、僕だけ一足先に校了を済ませていたので身が軽かった。こうして軛から解き放たれし全裸中年男性が山を下り、野を駆け、学生たちの集まりに押しかけてきたのだ。

果たして集合場所の最寄り駅につくと、まだ誰もメンバーが現地に着いていないという。当サークルは待ち合わせ時刻に人が揃わないことで知られている。最低でも三〇分、悪ければ一時間は遅れる。僕はこの事態を十分に予測していたため、近くのカレー屋で昼食を食べた。メニュー表を見て、一番手堅そうなものを頼むタイプと、一番面白そうなものを頼むタイプがいるが、僕は明らかに後者に属する。

折りよくそのカレー屋には「サメのカレー」というメニューがあった。インドでは一般的でも日本で食べられるのは珍しい気がする。想定していた臭みもなく、サメ肉やイルカ肉にありがちなアクの強さもカレー自体の酸味でマスクされており、順当に美味しかった。最近は「順当」がマイブームのワードになっている。

約四〇分後に現地に着くと、まず靴が雑然と散らばった玄関に出迎えられた。消防法違反上等の鋭く急勾配な螺旋階段と、狭いようで広く広いようで狭い空間が後に続くシェアハウス特有の構造に、おのずと学生時代の記憶が思い起こされた。僕自身は普通のアパートに住んでいたが、大学近くのシェアハウスに居を構えていた友人宅によく顔を出していたのだ。

そこではいつ行っても良い感じに人々が入り浸っており、うるさくもなければ静かでもないといった具合に和気藹々と歓談が交わされていた。どこからか酒と食べ物が無限に湧いてくる素敵な仕様も備えていた。眼鏡を丸く光らせたオタクから肌を小麦色に焼いたパリピ、中核派から皇道派までもが社会的身分又は門地の別なく一堂に介するたいへん貴重な居場所であった。

だが、その友人はほどなくして大麻の密売でパクられ、僕たちのサードプレイスは急速に喪われた。売人の罪は重く、大抵は初犯でも実刑を免れられない。そんな彼も今では余裕の社会復帰を果たし、実家を継いで二児の父をしている。「子どもには売るのだけはやめておけと教えるつもりだ」と嘯くのが彼の定番の持ちネタだ。

来客を角で殺傷するために設計されたと思しき硬質な階段を登りきると、作業場として提供されたシェアハウスの共用スペースが見えた。今回の特殊装丁の素性を把握しているメンバーの教えに従い、四角い板紙の頂点をカッターナイフで切り落としていく。数百枚の板紙が山と積まれ、ほのかな達成感を感じていると、次はこれにアルミシートを正確に貼り付けなければならないと言われる。専用の治具をいくつか与えられ、一気に難化した作業内容に少々戸惑う。

アルミシートには空気が入ってはいけない。傷や皺が入ったらもっと良くない。息を詰めて一枚、一枚と仕上げているうちに、なんとなく感覚が掴めてくる。バイトで抜けていた他のメンバーが復帰し、さらにシェアハウスを提供してくれたメンバーも加わると、作業効率は飛躍的に改善された。一旦崩された山々が、輝きを帯びて文字通りの銀嶺を築き上げる。ところで、これらが最終的にどのようにして本の表紙となるのか、僕は間違いなく説明を受けたはずだが本記事の執筆時点では失われた記憶と化している。

午後八時を過ぎた頃、ついに作業が完了する。慣れない図画工作にすっかり疲れ果てていたところへ、せっかく家に来たのだから夕飯を馳走してやるとの申し出を受け、実は胃袋がひっくり返るほど空腹を感じていた僕は我先と快諾の意思を表明した。

小一時間後にはミディアム・レアのワンポンドステーキと、やたら高級な炊飯器で炊かれた白米、サラダなどが豪勢に振る舞われ、学生で大半を占めるメンバーの中でただ一人、少しばかり身なりの良い全裸中年男性が一番遠慮なく貪り食べていた。

そんな中年男性も休みが終わり日が変わると、いそいそと服を着込んで一般中年男性に擬態を余儀なくされる。山を登ってさいたまの自宅に戻り、わずか四時間の睡眠を経て朝を迎えるやいなや、まるで人が変わったようにネクタイを締めてスーツに身を包むのである。李徴とかいうやつオワコンです。逆李徴開始。

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