季節の変わり目はネクタイ選びが捗る。紳士の正装においてネクタイは装飾が許される数少ない領域であり、ネイビーやグレーで堅牢に構築された基礎に華を添える重要な役割を担っている。秋冬はジャケットの色の深みに合わせてネクタイの色合いも落ち着かせる傾向にあるが、それでも模様や柄の幅広さを考えれば十分な選択肢が用意されていると言える。
さて、そんなネクタイの豊富な種類のうち、特に代表的な模様としてレジメンタル(ストライプ)が挙げられる。二色または複数の色で斜線を引いたデザインを持つあの柄だ。一般的には細い線と太い線を組み合わせて三色ほど使っているものが多い。使う色が多いと主張が強くなりそうなのは誰しも概ね想像がつきそうだが、実は色が少なくても同様の印象を抱かれる場合がある。

たとえば上記の右から二番目のように、二色のみを使っていて幅も広く均等なタイプは意外に主張が強く見える。もともとこのタイプは連隊(Regiment)や大学で自身の所属を示すために着けられていた歴史的経緯があるため、もしかするとその文化的残滓が人々の間に特別な印象をもたらしているのかもしれない。
このような背景はおのずと政治的な延伸を受けて、今日では政党カラーを模したネクタイを政治家や党員が身に着ける様式に変化を遂げている。殊に政治家はノーネクタイが半ば標準と化した近年においても依然としてネクタイの装着を要求される人種であるから、その服飾領域を政治力に転換するのは効果的なアプローチと考えられる。
しかし、となるとなにげに困るのが、単純にこういったタイプのネクタイを好んでいる人だ。先週末、僕は売り場の一角で、オレンジとダークネイビーの二色で構成された美しいレジメンタルタイを眺めていた。華やかながらもシルクとコットンの二者混が過度な光沢感を抑制しており、秋冬に相応しい洗練されたトーンを演出している……。
……しているのだが、オレンジが大きく入ったネクタイを見ると僕はどうしても脳裏にチラついてしまう、あの政党が……。あの党は、オレンジを政党カラーにしている。党首自らが立派なスリーピーススーツにオレンジのネクタイを着けて街宣しているものだから、嫌でも印象に残る。いや、オレンジ一色ならレジメンタルとは無関係なのでは? ところがどっこい、レジメンタルタイも公式で販売されているんだな、これが。
幸いにも、僕が所望しているネクタイは二色目が白ではなくダークネイビーだったし、色合いもずいぶん違う。問題に気づいた当初は狼狽のあまりしばらく店内をうろちょろしてしまったが、最終的にこの結論に至ると平常心を取り戻してなんとか購入に漕ぎ着けることができた。
明くる日、インターネットで別のネクタイを探していると、なにやら良さげなものが見つかった。秋冬向けには適さない色合いとしても、青、白、控えめの黄色がそれぞれ空、雲、土を連想させてたいへん心地よい。見事なアースカラーの配置である。このショップを訪れるのは初めてだが、なかなか良いセンスをしている。
だいぶ気が早いが、来年の春夏向けに押さえておくのもやぶさかではない。そう思い「カートに入れる」ボタンにカーソルを伸ばしかけたところ、またもや強烈な既視感が脳裏にチラついた。いや、待てよ……。青と黄色が政党カラーの党がなかったか? ふと浮かんだ疑問が高速に神経回路を繋ぎ合わせ、即座に回答を弾き出す。ああ、これ国民民主党の政党カラーだ。

先の例とは異なり今回は言い訳が効きそうにない。ほぼドンピシャで政党カラーと一致している。一色が被るだけならまだしも、二色どっちも被るのは意図的と見られても仕方がない。僕はそっとボタンからカーソルを退かせた。なにかうまいエクスキューズを思いつくまで、このネクタイはお預けだ。
別に国民民主党がそこまで気に入らないわけではない。服飾は良くも悪くも己の思想を体現せしめる代物であるから、事前の準備なしに不本意な文脈を背負ってはならないのだ。紳士淑女の嗜みとしては、なるべく説明可能性を保つのが望ましい。ところで、党首が政党カラーのネクタイをしている党はもう一つある。いやあ、こればかりはセンスのない配色をしてくれていて本当に助かった。