先週末、友人に誘われて日本最大級の自作キーボードのイベント『天下一キーボードわいわい会』に参加した。世界各地から持ち寄られた異常キーボードが六本木の中心で咲き乱れるこの祭典は、今回で開催9回目を迎える。300名をゆうに超える定員が一瞬で埋まったことからも参加者たちの熱意が伝わってくる。
僕はというと、今回が初参加となる。元々キーボードにはそこそここだわりがある方だったが、自作キーボードに手を出したのは約2年前でまだ日が浅く、組んだのもごく一般的な65%キーボードである。キー数が異様に少なかったり、左右上下に割れていたりといった、いかにも耳目を集めそうな見た目をしていない。そんなわけで今回は手ぶらでの参加を選んだ。
一方、友人の方は100kgを超える超重量級のフルサイズキーボードを2台も背負って現れ、それらを持ち運ぶために着込んできたと言うパワードスーツの油圧アクチュエータが獰猛な唸り声をあげていた。というのは普通に嘘で、たぶん合わせて10kgくらいだった。しかし、試しにリュックを持ってみたらそれはそれで重かった。そりゃそうだ。大抵のキーボードは一台あたりせいぜい数百グラムだ。
会場に着くと、入場開始20分前にもかかわらず参加者たちが長蛇の列を成していた。友人曰く、自分のキーボードを飾るスペースを確保するにはなるべく早く並ばなければいけないらしい。そんなこともあろうかと、彼のパワードスーツには他の参加者を八つ裂きにする殺戮兵器が多数内蔵されている。確かに、列に並ぶ人々を見ると誰もが手に大型のキャリーケースを携えていた。
やがて整列入場が始まり会場に入ると、まずは机の上に配置されたネームカードを手に入れる。数百枚とある中から自分のカードを見つけないといけないので意外に面倒くさい。この時点で行列は雲散霧消しているため、急いでキーボードを飾りたい人にとっては競争的であり死活問題でもある。いち早くカードを入手した友人がメインステージに向かって高速で滑走していったのを尻目に、僕はほとんど最後の方まで手間取っていたように思う。

すっかり出遅れてメインステージにたどり着くと、そこではすでに多種多様なキーボードが机上に並べ尽くされていた。いや、ただ単純に並べているというよりは、もはや〝ディスプレイ〟されていた。想像するに、自身のキーボードをより良く見せるための技巧や審美意識が9回もの開催を経て相当に研磨されたと見える。

友人のキーボードの展示も冴えわたっていた。詳細を尋ねると彼は返り血を浴びたパワードスーツを拭きながら、筐体やスイッチのこと、加えて下に敷いているマットのことなども事細かに教えてくれた。実に滑らかで揺らぎのない打ち心地を持つそのキースイッチは、残念ながら今はもう手に入らない代物らしい。
彼が他の参加者と話している間、僕は一人でキーボードを見て回った。とりわけやはり分割キーボードは目立つ。次にキーボードを組むならぜひこれに挑戦してみたいと考えているところもあり、どんな類型が存在するのか実地で確かめられるのはありがたい。個人的には、薄く、無線で、トラックボール付きで、マグネットで背面同士がくっつくものが現状の理想に近い。

上記の3枚目の写真は筐体が垂直に屹立しているタイプの分割キーボードだ。案外、一度慣れさえすれば手を下ろすよりも左右に向ける方が疲労感が少ないのかもしれない。いや、どうだろう。異常な空間にあてられると「逆にありかも」が連鎖して基準が次第に曖昧になっていく。上記のキーが10個しかないキーボードも「意外と覚えやすいです」などと説明されていると、なんだか本当にそんな気がしてくる。

次いで、あからさまな異色さを放つキーボードにも目を向ける。彼らにとってキートップは一つ一つのマス目を持つキャンバスなのだ。全体に絵画を象ることもあれば、それぞれをなんらかの事物のイミテートとして表現することもできる。さらには、それ自体が事物そのものであったりもする。たとえば上記の最後の写真に映っているキートップは、なんと本物の皮革でできている。

しばらくすると喉が渇いたので、会場内にある専用の自販機でオレンジジュースを買う。大きい施設の隅などでたまに見かけるが今まで買った経験はなかった。絞られて潰される定めにあるオレンジが自らを売り込む様子はいささか滑稽だったが、言うだけあって350円の価値はありそうな味がした。割と気に入ったので後でもう一回買った。

実際の運用シーンまで想定したディスプレイを施しているキーボードもあった。上記の最初の写真に映っている分割キーボードは、見ての通り小ぶりな透明バッグに入れて持ち運べるようだ。2つ目のキーボードはもっと大胆に、ストラップを肩にかけて携行することができる。3つ目に至っては、モナカアイスの袋がケース代わりだ。
気づけば、キーボードをひたすら眺めるだけで入場開始から閉会まできっちり4時間半も楽しんでいた。量販店の店頭に陳列される製品らしい製品とは大きく異なる、あたかも個々人の性癖を露出せしめているかのような変態ぶりには誠に恐れ入った。ただキーを押下する行為がかくも多様化しているのは、ひとえにキーボードが単なる道具に留まらない工芸的な存在でもある一面をよく表していると思う。
聞けば、次回の開催は来年2月だと言う。その時には僕も変に気後れせずに自分のキーボードを持ち込めば、より発展的な体験を得られるような助言が得られるかもしれない。幸いにも、僕が持っているキーボードはいずれも通常の筋力で持ち運べる重量である。