2026/01/31

そこそこ賢い宇宙人はどんな法律を作るか

なぜ”そこそこ”なのかというと、とてつもなく賢すぎる存在は我々には想像できないからだ。せいぜい、人類の中でとびきり賢い個体が、その宇宙人にとっては普通、くらいの基準でなければ扱いきれない。少なくとも実在しうる範疇なら、当人の言動をもとにある程度のシミュレーションが行える。

姿かたちも我々と似通っていなければ困る。手足が8本あって思念で通じ合えるとか、超合金の肉体を持っているとかだと、たとえ高知能であっても文明が発達しない懸念がある。文明は不足を補うために発達する。凍傷も日焼けも怪我も負わないなら被服は最低限で構わないし、めったに飢え死にしないなら食糧を備蓄する必要も、奪い合う理由もない。当然、外敵の侵入を防ぐ頑丈な柵や堀も不要となる。大集団で暮らす利点も大してない。

もし、相手の言い分を完全に理解できる疎通手段を持っていたら自然言語は洗練されない。情緒に訴えかけるアジテートや舞踊、歌唱の文化も育たない。論理学は彼らにとっては自明すぎて学問にならない。したがって、合意形成に至る複雑なルールを作る意義がない。そのような生命体は高知能であっても競争の概念に納得できず、我々からするとのんびりしすぎていて参考にはならないだろう。

逆の場合も考えてみる。生まれた惑星の環境が過酷すぎるか、または肉体が脆弱すぎたり短命すぎる種を想定する。だが、彼らは地球に生まれていれば、誰もが東大理三に参考書一周で受かる知能の持ち主だ。その高知能を活かして不毛の地に文明を築いてきた。もうすでに外宇宙探査に乗り出していてもおかしくない。直感に反して、実は高知能で脆弱な種ほど危険を冒してでもより望ましい環境を求めるモチベーションが高い。この宇宙人が築く文明は、きっと我々にはディトピア的に映るだろう。

短命で脆弱な種は個体あたりの価値が低い。なにかあればすぐに死ぬのが当たり前なので、種として生き延びるためにおのずと繁殖力が強化される。また、数多の天敵から身を守るべく極大の集団生活が必須となる。むろん、そこでは個々人の都合や権利は蔑ろにされる。集団の存続を優先して個を犠牲にする判断も頻繁に行わなければならない。人類史も概ね同様の過程をたどってきたが、彼らはこの価値判断が常に継続される。自然を克服した後、真に脅威となるのは同じ種だからだ。

いつしかこの超近視眼的な価値観は彼らの文明に深く刻み込まれる。民主主義や合議制は着想こそ得られてもまともには成立しない。彼らにとって意思決定の遅さは仇となる。脆弱さゆえ外敵や未知の存在に対して猜疑心が強く、有利なうちに決着をつけるインセンティブが強力に働く。長期的な戦略よりも今現在の勝負が重要視される。ひたすら競争が加速し続ける。

結果、同じ種同士でも激しい対立が避けられず、しばしば相手を追い詰めたがる。この傾向は、たとえ宇宙艦隊を外銀河に放つほどに文明が進歩しても変わらない。危険な同種から文字通り距離をとろうと外へ外へと活動領域を広げ、熾烈な恐怖心からそこにいる他の種を根絶やしにしようとする。そのような生命体は高知能であっても共存の概念に納得できず、我々からすると浅ましく見えて参考にはならないだろう。

あばら家みたいな船で1000年くらいかけてやってきたと言う長寿頑強な宇宙人とのファーストコンタクトは、とても平和だったが実際に得られるものは少なかった。なにしろ彼らの法律はそもそも成文法ですらなかったのだ。近くにいるだけで完璧な意思疎通が行えてしまうので事前にルールを決める意味がない。技術と呼べる代物もほとんど持っていなかった。なにか物理的な問題があっても、気長に取り組んでいるうちになんとなく解決してしまう。

その宇宙人は言った。「あなたの腰についているその小さい突起物はどんな道具ですか?」我々は、自分たちの身を守る武器だと答えた。宇宙人は少し考え込んだ後(3年経過)「あなたがたの事情を鑑みると、このたびの友好的な接触が実現したのは、まことに奇跡と言わざるをえません。勇気ある融和に感謝申し上げます」と一文節あたり数ヶ月かけてお礼を言ってくれた。彼らは自身の存在が我々に恐怖を抱かせていないか心配な様子だった。確かに、身長100メートルの宇宙人が全長10キロメートルの宇宙船を手足で漕いで地球にやってきたなどと聞かされるのは少々怖かった。

一方、自動車に似たサイズの超光速宇宙戦艦に100人くらいギチギチに詰まってやってきた短命脆弱な宇宙人とのファーストコンタクトは、人類史に刻まれし悲劇であった。地球にワープアウトして数秒後に予告なく開戦。相次いでレーザー主砲が放たれ、各国の都市にまあまあの被害がもたらされた。しかし人類側も秘密裏に製造していた宇宙船を解き放ち、遅まきながら反撃を開始する。ひとたび拮抗すると宇宙人側の防御性能の脆さが露呈し、形成が逆転しはじめる。不利を悟るやいなや、彼らの母船は半壊した宇宙艦と大勢の同胞を見捨てて太陽系から離脱していった。

捕虜となった彼らは、生き延びようと我先にありとあらゆる情報を話してくれた。優れた科学技術も、母星の座標も教えてくれた。かつての仲間たちへの怨嗟や不平不満の声もすさまじかった。試しに蹴り飛ばしてみるとあっけなく即死した。下手に死なれては困るのでちゃんと世話をしたが、それでも5年ほどで全員が老衰死を迎えた。そんな彼らの法律は数百万にものぼる条文と無数の条件分岐、様々な状況に動的に対応する関数化された条項、自動的に刑罰を執行するナノマシンを備えていた。ただし、支配者が変わるたびに書き換えられるので運用期間は極めて短いらしい。

一連の想定を踏まえると、知能の高さが立法に与える影響はごく一部に留まることが分かる。賢さよりも当人たちの身体的条件や置かれた環境、それによって築かれる価値観の方がはるかに大きな要素を占めている。今回のシミュレーションとて、わざわざ未知の宇宙人を思い描くまでもなく、実は単に「とびきり賢い人たちだけで国を作ったらどんな法律を作るか」と考える方が、同じ人類なのだから前提条件のすり合わせは容易だった。こうしてみると、この話がさらによく分かる。

言うまでもなく、そんな選民じみた発想で作られた国の法律に広い包摂は期待できない。有り余る知能と富を背景にした、上辺だけ整った条文ばかり並ぶ様がありありと想像できる。生産性の低い仕事は外国人労働者に押しつけ、居住区画はもちろん身分さえも分けようと試みるだろう。枠からこぼれ落ちてしまう人の事情を考えなくてよいのなら、ルールはどこまでも簡潔に美しく邪悪になれる。とびきり賢い知能を搾取に応用せしめた時、その価値観と精神性が法律に反映されるのだ。

翻って、我々の法律はどうだろうか? 遍く人々を守るには清濁を併せ飲まなければならない。古い法律をいつか変える際も、一見して小綺麗な改正案がかつての合意形成を毀損しているかもしれない。このプロセスの一環として国民の代表たる議員が選出され、公開の場で議論が行われている。あまり賢くない我々でも、それを監視することはできる。

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