今年も恵方巻きの時期がやってきた。由来とか歴史はどうでもいい。僕にとっては、様々な種類の太巻きをたらふく食べられる一点においてのみ価値がある。そのために万難を排して当日に備えてきた。幸いにも折よくリモートワークの日だったが、もしそうでなければ有給休暇を取得していただろう。仕事帰りに寄って目当ての恵方巻きが手に入るほど現環境の節分は甘くない。
恵方巻きブーム黎明期、大量生産・大量廃棄との誹りを受けた過去を反省し、昨今は生産数の調整や予約限定販売などの取り組みが進んでいる。したがって、夜に行っても一般的な売れ残り惣菜と同程度の品数しか余っていない。恵方巻きと名が付いていればなんでも構わない人はそれでいいかもしれないが、様々な種類を楽しみたい僕には望ましからぬ状況だ。
だが、これでいいのだ。節分という太巻き一気食いチャンスをなるべく持続可能な文化に育てていくには、その日さえ儲かれば後はなんでもいいなどといった心構えではうまくいかない。全国津々浦々、どの地域の地元にもしっかりと根を下ろして、節度と環境に配慮してこそ百年後、二百年後の太巻きが守られる。当然、月面には月面の恵方が存在する。
然るに、野を下り、山を越え、二つのスーパーを巡って買えるだけの恵方巻きを買ってきた。主要メーカーの恵方巻きがだいたい手に入るイオン北浦和店が非業の閉店を遂げて以来、近隣のスーパーがどんな恵方巻きを売るか事前に目を光らせていたのだ。恵方巻きは、具が多ければ良いわけではない。僕の中では三、四種類程度のものが良しとされている。
この日に買ってきた恵方巻きはサーモン主体のもの、まぐろ主体のもの、牛肉主体のもの、とんかつ、キンパ、などだった。令和最新の恵方巻き環境に慣れていない人は「おい、なんか変なのが混じっていないか?」と疑問に思うかもしれないが、元来、日ノ本は八百万の神を奉る国である。普段は別の真名を持っていても、節分の時は恵方巻きの名の下に集結することができる。中にとんかつが入っていようと、キンパだろうと、ロールケーキだろうと、形が似ていればそれは恵方巻きなのだ。
とはいえ、さすがに一日で食べきるのは厳しかった。一日目は昼も夜も恵方巻きを食べた。明らかに超過したカロリー摂取量を消化するために、いつもの二倍走らなければならなかった。たっぷり糖質を補給した状態で走るとすこぶる調子が良い。巷ではやれ糖質制限だのロカボだのと言われているが、僕の見解は違う。食べずにジッと我慢するくらいなら食べて動く方を選ぶ。
ところで、一見糖質の塊と思われる恵方巻きも、具材を吟味すると意外に万能食のポテンシャルを秘めていることが分かる。生の海鮮物が大量に含まれる伝統的な恵方巻きはDHAなどの希少な栄養素が豊富と考えられるし、肉が入っているものはたんぱく質、野菜主体のものはビタミン類を摂取できる。たくさん食べればそのぶん糖質量も増えてしまうが、まあ、それはそれだ。
三日かけてひとしきり食べ尽くすと、改めて八百万の神々に対する感謝の念、そしてなにより、この日のために恵方巻きを作ってくれたすべての労働者に対する深い感謝の気持ちが湧いてきた。通常、彼ら彼女らは年明け前後に行われる短期の求人を通じて、節分の数日前に全国各地の食品工場にやってくる。そして、ラインに並ぶ大量の具材に神々の息吹を吹き込んでいくのだ。この方々の勤労なくして恵方巻きの商習慣は成り立たない。
こうして今年の太巻き一気食いチャンス、もとい節分に満足しつつ、早くも来年になにを買うか思いを巡らせる。来年こそは、高嶺の花としてこれまで遠慮していた寿司屋の恵方巻きに手を出してもいいかもしれない。平均してスーパーの二倍近い値段をとる価値が果たして本当にあるのか、次こそ確かめてみたい。