2026/03/05

噛む代償

僕は食べ物を噛むことが好きだ。人より10倍は噛んでいる自信がある。なにか類似したものの中から一つ選ぶ時、大抵は噛み応えがありそうな方を選ぶ。しかしこうした選択は、しばしばコスト的な不遇を被る。柔らかく精白された製品の方が市場の支持を得ている以上、大量生産の恩恵を受けるのはそちらの方であり、固形物より液体や粉にしている製品の方が輸送コストが安く低廉化しやすい。つまり、僕は人より噛み意地が張っているせいで噛む代償を支払っていると言える。

例の一つとしてまず、プロテインバーを挙げる。これらは箱買いするとだいたい10〜20個ほど入っている。カロリーはおよそ200kcal以下で、タンパク質は10〜15g程度含まれている。価格は安ければ一箱2000円ちょっと、高ければ3000円くらいする。ディストピア感を隠そうともしないAmazon印のプロテインバーを例にとると、その時の価格にもよるが一本あたり約150円が相場となる。

味はまさしく固形化したプロテインといった具合で、その噛み応えは期待を裏切らない。これほど噛ませてくれるプロテインバーはなかなかないのでしばらく買い続けると思う。だが、毎日食べるとなると月あたりのランニングコストは約4000円にものぼり、決して安い金額ではない。

ここで粉の方のプロテインを見てみる。おそらくネット通販で一番有名なマイプロテインのImpactホエイプロテインは1kgでだいたい4000円ちょっとだ。セール価格と銘打っているが、通常価格で売っている時の方が珍しい。Amazonでもいつも似たような値段で売られている。一杯で25g消費するので、この価格を基準にすると一食あたりのコストはジャスト100円近傍まで下がる。もっと大きいサイズを買えば100円を下回る。かなり安い。

にもかかわらず、栄養素は粉のプロテインの方がはるかに多い。まず、タンパク質の含有量からして違う。プロテインバーはせいぜい良くて15g程度なのに対して、粉の方は20g以上は含まれているのが当たり前だ。吸収効率などの機能性も液体の方が間違いなく高いだろう。それでもプロテインバーを買うのは、ひとえに噛みたいからだ。噛むために差額のコストを支払っているのである。

次に、りんごを挙げる。好きな間食は色々あるが、噛み応えで選ぶなら断然りんごだ。もちろん、切らずに丸齧りで食べたい。歯の根元まで果肉に深く突き刺さるあの食感は、これ以外では代替できない。したがって、他の食べ物や加工食品化されたりんごでは事足りない。別にりんごの味がすごく好きというわけではない。味だけなら果物のみに絞っても梨、キウイ、プラムの方が好きだ。しかし、それらは僕に噛み応えを与えてくれない。よく噛ませてくれるのはりんごだけだ。

とはいえ、加工食品ではない素のりんごをまとまった量で買うのは、やはりそれなりに高い。質にはあまりこだわらないので、普段は袋にばさっと無造作に入っているような「訳あり品」を狙っている。本当は年中いつでも冷蔵庫にりんごが鎮座しているのが望ましい。然るべき噛み応えを求めている時にりんごが手元にないと精神に異常をきたしそうになる。

あえて好きな品種を選ぶなら秋映だが、この銘柄はとても珍しく滅多に手に入らない。肉質が緻密で引き締まった食感がたいへんすばらしい。それ以外では、入手性からふじかその亜種を選ぶことが多い。対して、つがるやシナノ系は柔らかい品種なので避けている。噛むために買っている以上、長く噛めないりんごに用はない。

最後に、ガムを挙げる。言わずと知れた噛む食品の代表格だ。ガムはすごい。ひたすら噛める。これだけ噛ませてくれるのにカロリーがほとんどない。なんなら歯に良いとか言われている。皆さんは知っているか? 日本でキシリトールガムが初めて一般に販売されたのは1997年。インターネットはあったしたまごっちもあった。そんなに大昔の話ではない。なぜなら厚生省がキシリトールを食品添加物として認めたのが1997年だからだ。それ以前のガムといえば砂糖入りの方がメジャーだった。

つまり、昔はガムを噛むことに多少の健康リスクが潜んでいた。砂糖の塊が口腔内に長時間入っているのは好ましくない。だから、ガムは歯に悪い。しかしメーカーが先立って支払った代償が、この恐るべき既成概念を打破せしめた。キシリトールは代用甘味料だが、キログラムあたりの単価は砂糖と比べて何十倍も高い。1997年当時、ロッテが戦略的な価格設定のために原材料費を価格に転嫁しなかったおかげで、旧来の砂糖入りガムを押しのけて爆発的な普及を実現させたのだ。

それから約30年を経た今日では、砂糖入りのガムを店頭で見かける機会はまずない。探してもきっと見つからないだろう。彼らは市場から駆逐されてしまった。代わりにキシリトールガムは絶大な大義名分を得て、大して甘くもないし腹も膨らまない、カロリーもほぼゼロの食品がボトル入りだと500円以上で売られているという、人類史の突端にのみ存在する摩訶不思議な市場が成立している。

僕は一日に10粒くらい噛むのでボトル入りのガムがあっという間に消える。もしこれが砂糖入りだったり、不健康な人工甘味料が使われている代物だったら、こんなに頻繁に噛もうとは思わないだろう。やつらの戦略は功を奏した。実にうまくやった。30年前に代償を支払ったのは彼らだったが、今は僕が純然たる噛む代償を嬉々として支払っている。ちなみにガムはクロレッツの炭フレッシュが大粒で噛み応えがあって一番好きだ。いや、ロッテじゃないんかい。

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