2026/07/05

メタると人生がダメになる

僕がかけている眼鏡は眼鏡市場のZEG-C01だ。何年も前に買ったものだが、そこそこ値が張るだけあってとても作りがしっかりしている。部品点数が極限に少ない、ミニマルな商品コンセプトも自分によく合っていると感じる。まったく壊れる気配はないが、もし壊れても同じ眼鏡を買うだろう。

ところで、ブログにメタ視点を持ち込むのは格好が悪いと思う。「更新が滞っていた」や「受けると思った」などと、話の筋と無関係な外部の事情を説明したり、上から覗き込むような態度を記事の中で見せる振る舞いのことだ。本来、そんな閑話は必要ない。嘘でも本当でも話を書いている時はその純度を高めるべきである。

この頃はテキストを主体にした懐古的サービスの人気が目覚ましい。個人サイトを建てている人もちらほら見かける。動画やSNSに対するカウンターとして、一方向的かつ主体的な情報伝達の手段が見直されているのだろう。だが、長文となると照れが出やすいのか、どうしてか自分の話に集中しきれない人が多い。奇妙な話だ。今さら照れてどうする。テキスト文化の再評価によって書きたがる人は急激に増えたが、読む人は別に増えていない。

むしろ、割合で言えば確実に減っている。ブログに限った話ではない。小説投稿サイトや文芸賞も似たり寄ったりの状況で、応募数は過去最高を記録しているのに、アクセス数や売上には結びついていない。なんなら書きたい人も自分の話は読ませたいが、自分の方は誰かの話を読みたいとは大して思っていなかったりする。なんのことはない。ショート動画やSNSの我欲はテキストの世界にもしっかり染み込んでいる。書こうとした時点で、すでに我々はポーズをとっている。

このようにテキストサイトの主も少し眼鏡が丸いだけで典型的な自己顕示君なのだが、問題は我欲それ自体ではなく、眼鏡の丸さにかこつけて過度に分析的な内省を抱いてしまうことだ。曰く、情報伝達の手段に今時テキストサイトを選ぶのはなぜなのか? フォローやエンゲージメントといった指標を恐れているからではないか? 流行から離れたふりをして気取っているだけではないのか? それは、逆張りをしている体で別の流行に乗っかっているだけではないのか? こんなふうに客観視してみせるのも、予防線を張って安心したいからではないか? ……etc

ある意味で言語化の宿痾と言える。近年では言語化が優等な能力としてもてはやされているが、なまじそれに慣れていると漠然とした行動やなんとなく手を出した趣味にもいちいち理由を付けたくなり、あるいは抑え込もうとしても自分以外の言語化が得意な誰かの声が聞こえてきて、常に先回りした回答を用意せずにはいられなくなる。実際、仕事でもキャリアアップでもない余暇に理由らしい理由などあるわけもなく、出てくる答えは自己分析というよりはメタ視点に張りついた、どこか冷笑的で歪なものにならざるをえない。

実は自分が内心そこそこ賢いと思っている丸眼鏡ほど、一事が万事こんな調子だったりする。なにかをしようとするたび、自分とも他人とも知れない声が頭の中でこだまする。そして自分がいかに打算的で軽薄だったかを勝手に思い知り、内省して、聞かれてもいない弁明を開始し、停滞と撤退を繰り返す。そのうちメタ視点が許可を出した実存的な事柄以外には、ろくに手を出せない状態に陥る。

やがてこの態度は外部にも表出する。誰かがなにかをしている時、もっと単純な理解で済ませてもいいところに、もっともらしい色をこじつけたくなる。自分で思い込んでいるうちはまだしも、匿名性を笠に着て本当に皆があれこれ言い出すものだから、今やどこもかしこもこの手の言説であふれかえっている。こんな環境下ではなにもせずベッドでくねくねしながらスマホをいじっているのが最強のメタ構成になってしまう。

皮肉にも、こうした環境は自分自身や個人の行動意欲を削ぐことはできても、真剣に欺瞞を講じている組織や人物には一切通用しない。彼らは明確な目的意識と資本をもって動いているので、なんの実行力もない有象無象の寝言に耳を傾けたりはしない。結果、嘘を嘘のまま言い切るサイコパスが堂々と世にはばかり、指先に宿ったささやかな言語化能力に翻弄された個々人はメタ視点に束縛されて自滅していく。

このような新たな現代病の処方箋としては、まず自分のしている物事に前置きや予防線を張らない訓練が必要となる。本気でやろうとすると案外難しい。ポーズをとる。速やかに本題に入り、まとまったら話を終える。眼鏡を拭いて色を落とす。自分の背後から自分を見るような幽体離脱をやめる。どこかで自分の身体に戻らないと、人生の多くをセルフツッコミと閑話に費やす羽目になる。

眼鏡が丸みを帯びていくにつれて、これらは無限増殖していく。セルフツッコミにセルフツッコミを入れて、いつしか閑話が本題にすげ替わり、その本題の閑話が湧いて出てくる。果てしないメタ視点の連鎖が、身体を赤方偏移させて無限遠の彼方へと追いやっていく。もはやそれは魂の抜け殻だ。メタると人生がダメになる。

©2011 辻谷陸王 | Fediverse | Keyoxide | RSS | 小説