2025/10/09

変な柄のローゲージニットを求めて

長らく関東に住んでいても、暖かい服を手元に置いておくと安心するのは北国生まれの習性かもしれない。我が故郷の岩手県盛岡市ではぼちぼち最低気温が10度を下回る。来月の今頃は氷点下近辺まで下がっているだろう。残暑で弛んだ空気が突然手のひらを返したように鋭く尖り、街行く人々をいきおい突き刺しはじめる。そんな辛く厳しい寒風から身を守りし聖衣が、他ならぬニットである。 これはただのニットではない。都会の人間がスタイリッシュに着る薄手のものとは異なる、極太の毛でもったりと編まれたローゲージニットだ。目ざとい人ならニットにゲージ数という単位が設けられていて、20Gとか12Gとか、7Gといった数字が振られているのを知っている。高ければ高いほど目が細かく薄い。10G以上は概ねハイゲージで、それ以下がミドルゲージとされる。ローゲージと呼べるのは4G以下だ。しかし関東の気候で7G以下のニットが必要とされる局面はほとんどない。 Read more

2025/08/22

革探しの旅Ⅶ:クラッチバッグ編

ナンバリングはもう忘れてくれて構わない。夏真っ盛りの今だからこそ着たい服装はやはり半袖のポロシャツである。僕は夏が来るたびに持っていない色のものを新しく買う。微妙に色合いの違うピンクだけで半ダースくらいのバリエーションが箪笥に唸っている。鹿の子よりニットポロの方が好きだ。ポロシャツという出自からしてスポーティな服装がニットだと一気に都会的な雰囲気になる。最近はMOONCASTLEがアツい。大阪のニットブランドで作りがとても良い。 ところが半袖ポロシャツを着ていると悩まされるのが鞄だ。ニットポロがいかにおしゃれであってもポロシャツはポロシャツなので、ワイシャツより大幅にカジュアル寄りになるのは避けられない。なにしろ半袖シャツそれ自体が圧倒的にカジュアルなのだ。イギリスの高貴な紳士にはファッションの構築感を維持するために半袖の服を一切着ない人もいると言う。しかし我々は誠に遺憾ながら高温多湿の日本に住んでいる。真夏に長袖のニットポロなど着ていたら蒸発しかねない。 Read more

2025/08/06

腕環境改善Ⅱ

先週、前触れなくスマートウォッチが壊れた。タッチ操作がほとんど反応しなくなり、ものすごい勢いでバッテリーが減っていく。初期化しても治らない。挙動をつぶさに観察したところ、なんらかの理由でタッチパネルが常時ランダム入力状態になっているようだった。いずれにしてももはや使い物にならないのは明らかだ。 そんな折、以前から目をつけていたCMF Watch Proシリーズの新型が登場した。渡りに船とはまさにこのことである。初代CMF Watch Proがリリースされた当時、他にはない洗練されたUIや手頃な価格が話題を呼び、僕もかなり真剣に購入を検討した覚えがある。 Read more

2025/05/21

革探しの旅Ⅵ:ビジネスバッグ編

いよいよナンバリングがドラゴンクエストとかファイナルファンタジーみたいになってきた。前編を読む必要はあまりない。さて、これまで僕は様々な革鞄を手に入れてきたわけだが、最近はテーラードジャケットを中心とするトラディショナルなファッションを追求していることもあり、またぞろ鞄のラインナップを増やす必要性に迫られた。 いわゆる「ビジネスバッグ」と呼ばれる代物である。短い持ち手がついた片手持ちの四角い鞄だ。よりクラシックな仕様だと前面に錠前が設けられている。かつてセットアップのスーツにネクタイがサラリーマンの前提とされていた時代では、持ち歩く鞄も大抵はこうした形状のものだった。今日でもコンピュータ上で「ビジネス」を表す記号的表現として、そのような形のアイコンを目にする機会がある。 Read more

2025/03/27

生地探しの旅Ⅱ:クラシックかつロック

前回の続き。スーツスタイルをやっていくからにはやはりネクタイは欠かせない。当初は横着してノーネクタイ前提のコーディネートを考えていたが、いざ立派なセットアップを身に着けると物足りなさを感じたのだ。今更ながらクラシックなファッションを順当に追っていくと、なぜそこにそれが必要なのかが直感的に分かってくる。本当に需要のない装飾であれば現在まで存続していないだろう。 しかし今時はクールビズやビジネスルールの緩和化に伴い、平日の通勤時間帯でもスーツ姿にノーネクタイの人たちをよく見かける。今では誰も彼もがしている服装とはいえ、あくまでこれは「当たり前になった」のであって「カッコよくなった」わけではないところに留意する必要がある。真剣に伝統を追い求めるからには歴史の積み重ねに忠実でなければならない。 あるいは、考え方によってはむしろお堅い伝統美こそが反抗的なのかもしれない。スーツ・ネクタイを強制的に着用させられている人たちと、着なくてもよくなったので着ていない人々が大勢を占めている今日において、自らの意思でスーツ・ネクタイを完璧に着こなそうとする人は昔ほど多くはいない。年々厳しさを増す日本の気候も相まって、機能性を捨て去った昔ながらの服飾はおのずと逆張りの文脈を帯びはじめる。 Read more

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