何に差をつけるのかはさておき。
誰しも「特に食いたいものはないが腹は減っている」という状況に身に覚えがあるかと思う。そんな状況下でわれわれ単身者はえてして誤りを犯してしまう。買い置きしたジャンクフードをつまんで後悔し、ならばとコンビニに出向くもあれもこれもと余計に手を出して後悔し、あくる日、通い飽きた店に足を運んで「これじゃなかった」と後悔しながら機械的に箸を運ぶ。
断言してやろう。食いたいものが浮かばない時にあれこれ考えるのは時間の無駄だ! そいつに小一時間縛られたところでどうせ名案は出てきやしない。ありもしないベストを探して彷徨うより、いっそ栄養学的なベターに腰を落ち着けるべきだ。
「あーはいはいそうですね、要は健康的なメシを食えってことでしょ?」 なんて非難がましい目を向けるのはやめてくれ。あんたが現役学生くらいのヤングメンでなければ、ぼちぼち健康に気を遣っても良さそうな頃合いだろう。それに、三食すべて完璧な食事をしろって言ってるんじゃない。食いたいものが特にない時にだけ、健康的な食事をするんだ。 どうせ何を食ったってたいして満足しないのなら、せめてあんたの細胞を満足させようじゃないか。
栄養学的に、とか大上段をぶちかましておいて申し訳ないが、ぶっちゃけそこまで厳しく考えなくてもいい。あんたが日頃の空腹をインスタント食品とか炭水化物の塊で抑えつけているのなら、そこそこ低脂肪な動物性たんぱく質に野菜を添えればそれだけで十分に健康的と言える。さしあたりそいつを「標準メシ」と呼ぶことにしよう。食いたいものがない時に自動的に選ばれる標準的なメシだ。
世の中の連中がわずかな手間を惜しんで自分の細胞をセルフネグレクトしている間、あんたは一人抜け駆けして健康的な「標準メシ」を食うんだ。そうすると世の中の連中よりも動物性たんぱく質とビタミンに満ちた肉体が手に入る。その肉体は、きっとあんたをほんのりと前向きな気分にしてくれる。 嘘じゃないぜこれは。れっきとした実体験だからな。
で? どうやんの?
どんなメニューの「標準メシ」を用意できるかは、あんたの住処にへばりついているキッチンの設備や懐事情、さらには可処分時間なんかが大きく影響してくる。もしあんたが金余りの独身貴族なら迷うことなくビーフステーキをおすすめするね。大きさは200gから300gくらいで、付け合せにシャレたイタリア野菜と、ついでに炒めたピーマンでも添えてやれば完璧だ。味付けなんてどうでもいいよ。だってビフテキだぞ?
だが、そんな貴族様は言われるまでもなく個々人のベターチョイスを既に持ち合わせているに決まっている。僕なんかよりずっと優れた知見を備えているはずだ。あんたがそういう貴族だっていうんなら、さっさとタブを閉じてお好きな部位のA5ランク黒毛和牛に舌鼓でも打ってくれ。
対して、われわれ庶民が食うべき動物性たんぱく質は断然、鶏肉だ。こいつは国産でもかなり安く、低カロリーで栄養価にも優れている。別にビルダーを目指しているわけではないから鶏肉だからといって鶏むね肉である必要性はない。特に国産の鶏もも肉はどう調理してもうまい。
次に野菜だが、やはりブロッコリーの栄養価は頭一つ抜けている。あんた、茹でたブロッコリーにはレモンと同程度のビタミンCが含まれると知っていたか? 面倒くさかったら味は落ちるが冷凍品でも構わない。
炒め野菜はイモ類でなければ何でもいい。さすがにジャーマンポテトを山盛りにして健康食でございとは言えないからな。野菜以外なら値は張るがきのこ類はとても良い。ただし腐りやすいから必ず冷凍しろ。「標準メシ」の想定されうるサイクルで一パックのきのこを消費しきるのは不可能に近い。以上の要素を踏まえて僕が構築した「標準メシ」がこんな具合だ。
写真の鶏もも肉は真空で個包装された国産の冷凍品で、コープデリを通じて毎週配送されるように手配してある。万が一飽きても三ヶ月くらいは冷凍室の中で放置できる。ここが重要なところだ。 「標準メシ」は食いたいものが特にない時にだけ選択肢に挙がる。よってメニューは保存が利くか、必ず消費できる見込みのある食材のみで構成されなければならない。
正直に言うとコープデリの真空冷凍肉はだいぶ割高だ。僕は利便性からこの手法をとったが、あんたにやる気があるのならスーパーで買ってきた肉を個別に冷凍すると安く済む。
この構成だと鶏もも肉が一つあたり約220gなのでたんぱく質は35g程度、カロリーは野菜を含めても600kcal前後に収まり、他に炭水化物を摂らなければかなりのヘルシーメニューになる。味付けは国産の鶏もも肉ならしばらくは塩胡椒だけでも戦える。僕はちょっと工夫してガラムマサラを加えたりしているけどな。エスニック風になってうまいんだ。
まあ、とはいえこいつはベーシックな単身者には少々荷が重い調理例かもしれない。相当上手くやらないかぎり、フライパンなんかじゃ鶏もも肉は上の写真ほど完璧にはソテーできないんだ。僕はわざわざ金をかけて上等な二口コンロを買ったから両面焼きの遠赤外線セラミックバーナーで肉を焼けるが、たぶん単身者のほとんどはそんな立派なコンロなんて持っていないだろう。ひょっとするともっと具合が悪く、口が一つしかないIHヒーターかもしれない。俗に言う人権無視キッチンというやつだ。
僕のコンロならグリルに肉をぶち込み、タイマーをセットして焼くだけで自動的にソテーが完成するが、人権無視キッチンに寄生したIHヒーターではそうもいかない。フライパンで頑張ろうにも工夫と慣れが必要だし、そもそも炒め野菜を同時に調理できない。こんな苦行は「標準メシ」のポリシーに反する。特に食べたいものがない時に作るメシがこんなに面倒くさくて良いはずがない。
そこで代替案を考えてみた。シリコンスチーマーを使ったレンジ調理はどうだろう。これなら野菜も同時に調理できるし、コンロを塞がないので炒め野菜も用意できる。実際、僕も気分転換に使うことがあるが、ソテーほどの華やかさはないものの「標準メシ」のクオリティには十分達していると感じた。食材の品質さえ良ければ蒸そうが焼こうがうまいのである。ああ、そういうわけだから間違ってもブラジル産とかタイ産の鶏肉は買うなよ。 あれは揚げ物にするならギリ使えなくもないくらいの代物でしかない。
ところでもし「標準メシ」が夕飯時で、朝食と昼食のうちに一定の糖質を摂取しているならパンや米は控えた方がいい。われわれ単身者のPFCバランスはえてして炭水化物に偏っている。味の濃い不健康なおかずを食べ、そのために炭水化物が欲しくなり過剰に糖質を摂取する――こんな悪循環はせめて「標準メシ」の時だけでも封印しようじゃないか。繰り返すが、三食すべてでやる必要はない。 食べたいものが特にない時だけでも効果はある。
まとめ
■「標準メシ」のポリシー
・低脂肪の動物性たんぱく質と野菜の組み合わせ
・味付けはできるだけ淡白に
・夕飯時に実施する場合は炭水化物を摂らないこと
・ルーチン化が可能な低負荷の調理内容
・使用する食材は長期保存が利くか消費が確実なものに限ること
まあ、騙されたと思って試しにやってみるんだな。現代人は精神が肉体を司っていると捉えがちだが、僕の見解は違う。肉体の状態こそが精神をかたどっている。案外、われわれが後生大事に抱えこんでいる精神、自我、心理なんてのは、純粋に抽出してみたらそんなに大差ないんじゃないか。容れものの違いが変数として働いているだけかもしれない。