2022/12/13

敗北加速主義

本稿は一般社団法人異常文章排出機構のアドベントカレンダー2022、13日目の記事です。嘘です。

折りに触れて目にするのは、労働者の苦境を表すミームや創作絵である。それらは上司、企業、社会などから理不尽に加えられる仕打ちを軽妙に語り、時として深い悲嘆に暮れる。読者たちはさめざめと日常の辛苦を分かち合う。リプ欄で、引用RTで、空リプで……だが、彼らはその苦しみから逃れる術はないと諦めているのか、権利闘争や転職の話はあまり俎上にのぼらない。

別のある日、ミームや創作絵の作り手が新作を公開する。うってかわってデモや抗議活動を揶揄する内容だ。今回も反応は盛況そのもの。権利を求めて戦う者たちへの痛罵と冷笑がリプ欄で、引用RTで、空リプで撒き散らされる。彼らにとってはブラック企業やパワハラ上司と同様に、デモや抗議もまた憎むべき敵であるようだ。少なくとも、共感に値する相手ではないと見なしている。

僕はこの雰囲気にずいぶん疑問を感じていた。そんなに労働環境が気に入らないなら戦えばいいじゃないか。たとえば、トヨタや日産の期間工はアメリカの工場と国内で待遇にかなりの差がある。向こうの物価を考慮してなお前者の方がずっと高賃金だ。これはアメリカの労働者が特別に優れているからではない。ことあるごと団体交渉、ストライキ、サボタージュを重ねて企業を威圧してきた成果に他ならない。

そういう運動が億劫であれば、せっせとスキルを磨いて転職する手もある。それも一つの戦い方だ。たとえ業種が同じでもすべての企業がブラックとは限らない。ところが前述の言論空間において、自身の不遇をただひたすら憐れみ、他人の権利闘争を揶揄する以外に、そうした建設的な意見交換が行われている様子は滅多に見られない。

墓に片足を突っ込んだ年配のオールド左翼は言う。それは今時の若者(40歳未満?)が右傾化しているからだ……果たして、本当にそうだろうか? 僕はそうは思えない。今時の若者たちが地元の自治会を牛耳ったり、自警団を組織したりしているか? 帝國臣民の本分として産めよ殖やせよを実践しているか? 予備自衛官の人員不足は解消されただろうか? むしろ集会や交遊といったものを忌避し、引き潮のごとく遠ざかり、徹底して個人主義的な生き方を選んでいるように見える。

間違いなく若者は右傾化していない。逆に、あらゆる権威をとことん嫌っている。昔と異なるのは「権威」のレッテルが必ずしも保守的な概念ではなく、権利闘争や抗議活動、努力、意欲、キャリアアップといった、リベラル的であったり能力主義的なものにも貼り付けられるようになったという点だ。彼らの主張を極端に表すなら、さしずめ努力は才能、人生は運ゲーということになる。 昨今なにかとよく聞く言い回しだ。

彼らにとって努力や活動とは特権でしかない。それができる者は原初よりそのように生まれついたと考える。ある種の運命論に縛られ、あるいはそこに安住していて、もともと強い存在が無慈悲に強さを振りかざす方がずっとリアルに感じられる。そんな前提が確約されているからこそ、ブラック企業にパワハラ上司がついたアンハッピーセットの日々にもなんとか耐えられる。どうしようもないしどうにもならないなら耐えるしかないからだ。

ところがインターネットは誰にでも時折不都合なものを見せる。僕がさっき書いた 「労働環境が気に入らないなら戦え」 とか 「転職しろ」 といった言い草は、彼らにしてみれば優等生に 「センター8割は普通に勉強していれば余裕」 とでも言われたかのような、いかにも傲慢極まりない、悪辣な当てこすりにしか聞こえないのである。当然、デモや抗議活動といった社会運動の一切は、彼らのプライドを激しく傷つける。どんな遠方の、地球の裏側の環境保護活動だろうが関係ない。不意に正面から見据えたが最後、みぞおちを殴られたに等しい苦痛が生じる。だからこそ、斜に構えていなければとてもやっていられないのだ。

他方、努力できる者、活動できる者は今や特権階級と相成った。諸君らの弛まぬ研鑽の日々は誠に遺憾ながらもはや特権の濫用だ。僕が毎日欠かさず運動できるのも、ちょっぴり筆まめなのも、もしかすると特権かもしれない。だからといってわれわれがその特権性を自覚して、申し訳なく思ってはならない。それは彼らがもっとも忌み嫌う左翼仕草というやつだ。彼らが真に求めているのは悪役だ。特権階級には悪役でいてほしい。

彼らは今後も絶対に戦わないし、磨かない。なにかとてつもないブレイクスルーが起きたり救世主でも降臨しないかぎり、彼らが救われることはありえない。ゆえに彼らの苦しみは生涯に渡って継続する。ならば、彼らとてせめて「努力不足の怠け者」ではなく「理不尽な仕打ちに晒された受難者」の称号を胸に抱いて死にたい。そのためには、既得権者もそうでない者もまとめて破壊せしめる悪のカリスマが必要不可欠なのである。イーロン・マスクやドナルド・トランプの人気の秘訣はそこに詰まっている。

良識人ぶった連中は賢しげに警句を鳴らす。そんな輩を支持していたらいつか大変なことになるぞと。しかし、どんどん大変なことになってくれ、と彼らは強く願う。たとえ世の中が良くなってチャンスに満ちあふれても、どうせ自分たちはそれを掴めないと彼らは確信している。ならば、できるだけ多くの人間を巻き込みたい。

「彼ら」は陰謀論者や国会議事堂で大暴れしたアホ右翼とは違う。「彼ら」は戦わないし、磨かないが、知能は高い。今時分、50メートル走っただけで息切れする肉体でも指先一つで革命は起こせるし、現に「彼ら」の思惑通りに世の中は進んでいる。「彼ら」はほとんど無意識のうちに革命を成就させつつあるのだ。

われわれが頑張ってハーフマラソンを走り切っても、いずれ難なく100キロメートル走る者に富が集約されるようになる。敗北が加速する。われわれは下へ下へと突き落とされていく。イーロン・マスクとドナルド・トランプとあと数人に富が集まれば、みんな揃って負け組。「彼ら」は隣で静かに嗤う。戦っても無駄だったね、と。

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