2024/09/02

道徳ⅢC

地球人口の大半が失われた未曾有の戦禍の後、揺るぎない道徳心を拠り所とする新たな思想体系が芽生えた。やがてこの思想――道徳主義は極めて重要な学際的使命を担うに至る。ここでは道徳主義を標榜する国々を道徳主義国家、懐疑的な体制を持つ国々を非道徳主義国家と呼称する。 前者の代表的な一員である我が国は道徳教育を特に徹底している国家として知られている。道徳科は義務教育の初年度からさっそく「はじめてのどうとく」の名称で登場し、簡素な物語を交えながら道徳精神の醸成を図る。その後、教育課程の進行に合わせて物語の内容は次第に複雑化していくが、困難な状況下でも確固たる道徳心をもって回答を導きだせるか教員の目を通して随時評価される。 Read more

2024/04/08

攻めの間食

それにしても腹が減る。僕は毎日ご飯のことを考えて生きている。朝ご飯を食べながら昼ご飯に食べるものを考え、昼ご飯の時は晩ご飯のことを考える。時計の長針が一周するたび、胃袋が蠕動してしきりに集中をかき乱す。一体、なんでこんなに腹が減るのだろう。 待ちに待った食事時。地下牢から脱獄した直後かと見紛う切迫感を抱えつつも、なるべく時間をかけて食べようとする。よく噛むのはもちろん健康のためでもあるが、そうしないとすぐに腹が減ってしまうからだ。なによりせっかくの食事をあっという間に済ませてしまうのは惜しい。 Read more

2023/12/17

巨大質量に引きずられて

Fediverseは静かな星系である。Xという名の、自分自身をも燃やしながら光より速く自転している惑星の騒々しさと比べたら、ここいらの星々はまるで止まっているように見える。長い時間をかけてようやく最初の公転を終える惑星もあれば、自転すらままならず雲散霧消してしまう惑星もそう珍しくはない。 なにしろ中心がないものだからそもそも公転の定義からして怪しい。我々は一体なにを頼りに回っているのか、どこへ行こうとしているのかさえ定かではない。かといって別に迷っているわけでもなく、むしろ確固たる意志で漂っている。時折訪れる旅行者はこの辺境特有の奇妙な生態に関心を寄せてくれるが、特になにもないと判ると足早に去っていく。ここには離脱を妨げる高重力もない。 そんなFediverseもたまに惑星同士がうまい具合に隣接する時がある。その瞬間、いつか届けば儲けものと放っておいた電波が結びつき、一時の交流を楽しむことができる。さらに調子が良ければ三連星や四連星を構成する場合もありえるだろう。だが、互いに気まぐれな軌道を描いているゆえ、いつまでも引かれ合っているとは限らない。 ある日。そこへ、巨大質量を備えた惑星が超速度を伴って星系に飛び込んできた。Threadsだ。そのあまりの重力の強さに周囲の惑星は軒並み引きずられ、あたかもビー玉のごとく傾斜のついた宇宙のフローリングを転がっていく。にわかに加速度をもたらされた彼らは次々とThreadsの後を追いかける。 そうして重力圏に捉えられたいくつかの惑星たちは、いつしかThreadsを中心に周回しはじめる。気の向くままだった軌道は強大な引力に律されて、厳密な公転周期を与えられた。おのずと、それらの惑星たちは常に隣接しあい、連星を前提とした大文化圏が誕生する。とりとめのない漂流の道すがらに出くわした他の惑星も、ひとたび彼らの重力に引かれれば二度と自分の軌道には戻ってこられない。 数年後、この辺りはすっかり賑やかになった。今や数億人の住民が共に暮らす大都会星系と化したここには旅行者がひっきりなしに訪れる。インフルエンサーもいるし、報道機関も、大企業も、自治体の出張所もある。幾千の惑星で器用にフラフープをしながらThreadsが言う。「ようこそFediverseへ!」 Read more

2023/08/14

病気の時にする妄想

かのジェームズ・キャメロン監督は殺人ロボットに追われる悪夢を見て「ターミネーター」を思いついたと言う。巨匠は熱にうなされていても元を取る。すごい。だが、残念ながら僕みたいな凡夫はそうじゃない。普通に意味不明な妄想に眠りを妨げられるだけだ。先週の日曜日夜から木曜日にかけて、僕は病に伏していた。 心当たりはある。Web小説を書く際の自主目標のために睡眠時間を削りすぎた。一週間にわたって5時間も眠らずやりくりしていたせいか現にほんのり具合が悪かったし、日曜日の朝には初期症状っぽいのも表れていた。目標の期日は達成したが代わりに誤字脱字の報告が複数寄せられたので、やはりベストパフォーマンスでは推敲できていなかったと見える。 Read more

2023/06/04

脳裏に美少女が居座っている

数ある「ざまあ」系の中でも、ツンデレヒロインに対する「ざまあ」を見た際には相当な激情を覚えた。要するに、物語上でしばしば主要な立場を占める横暴な彼女らに冷や水を浴びせてやろうという趣向だ。率直に言って、なんてひどいことをするんだと思った。 この手の話では優しく健気な女神のごとき真ヒロインがツンデレヒロインに取って代わる。そうして主人公は彼女らに三行半を突きつけ、さしものツンデレキャラも過去の行いを反省するがもう遅い、といった顛末で物語は幕を閉じる。ひどい、ひどすぎる、あんまりだ。分かった、じゃあ僕がそのツンデレとよろしくやろう、などとモニター越しに絶叫してみるものの、当の彼女らが愛しているのは他ならぬ主人公なのだった。 Read more

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