2026/01/23

中道改革連合は元祖野合プロの自民党に学べ

まもなく衆議院選挙が幕を開ける。高い内閣支持率を武器に与党過半数を狙う自民党に対して、野に下った公明党と立憲民主党が繰り出した秘策は、まさかの新党結成であった。聞けば総裁選の頃にはすでに内々で準備を進めていたと言う。選挙直前の新党結成といえば希望の党の一件が記憶に新しく、古い方を歴史資料から掘り起こすなら新進党が思い浮かぶ。どちらも野党にとってひどく苦い経験だったのは議論を俟たない。

新党 「中道改革連合」 (以下、中道)は、少なくとも希望の党の二の舞は避けたいと考えているらしく、表向きは『原発再稼働容認』、『安保法制容認』というかなり厳しい条件を立憲民主党に突きつけた一方で、実際には来る者拒まずの姿勢で参加を受け入れている。 「排除します」 の一言で風向きがひっくり返ってしまったあの一件は、しかと各々の胸中に刻み込まれているようだ。

そんな鷹揚なムードが功を奏してか、驚くべきことに衆議院に属する両党議員のほぼ全員が中道に合流、さらには国民民主党、自民党、維新の会からも若干名を引き抜く驚異の集客力を見せている。結党すらままならずいきなり分裂に至る危機は一旦回避されたとはいえ、こうまであっさり合流が進んでしまうとかえって疑問も募る。 では、今まで掲げていた脱原発や護憲はなんだったのか?

僕なりの考えを言うなら、たぶん党内での優先度は元々そこまで高くなかったのだろう。与党の自民党が原発推進で改憲なので、そこからあぶれた層を拾うには逆に張らざるをえなかった。しかし直近の国民民主党の伸張、右派政党の乱立、従来の左派政党の衰退を鑑みると、どうやらそこに思っていたほどの票はない……といった結論が出たのだと思われる。

かくいう僕も左翼として長らく立憲民主党や日本共産党に票を投じてきたが、なにがなんでも脱原発や護憲かと言えば、別にそうでもない。古い原発を無理に動かすくらいならいっそ廃炉にして新しいのを建ててしまえとは考えているが、これは一時的な脱原発とも長期的な原発推進ともとれる。同様に、憲法九条にセルフブランディング的な価値を認める一方で、したたかに軍事力を整えたり、自衛官の待遇を改善したり、民主主義的価値観を共有する隣国と共同防衛体制を築いた方がよいとも考えている。要するに賛成か反対か、という枠組み自体にこだわりがないのである。

対して、特定の政党が常に与党の座を占め続ける状態には大いに問題がある。いわばリプレイスが効かないレガシーシステムのようなもので、一見まともに動いていてもいつか重大な障害を引き起こしかねない。たとえ我が国の官僚が極めて優秀でも、決まった組織としか仕事をしなければ内実はしばしば癒着的、秘匿的になり、正当な手続きが蔑ろにされる危険性が高まっていく。なんらかの弾みで政権交代が実現しても、官僚が旧体制の復権を恐れてろくに協力をしない懸念も考えられる。

そんなわけで、システムの冗長性、健全性のために政権は一定の頻度で交代する方が望ましく、そのためには自民党と対になる巨大政党か、連立可能な政党群がなければならない。現状、それが可能なのは野党第一党の立憲民主党のみなので、そこに一票を投じるのは悪くない考え方だ。また、一人の労働者として労働組合が支持母体の政党を支えるのも妥当な判断だと思っている。

そう考えると、曲がりなりにも政権与党の一角を担ってきた公明党と、首相経験者を党首に持つ立憲民主党の合流は、政権担当能力を主張していく上で最良の組み合わせに近い。公明党は与党でなければ知り得ない様々な情報を立憲民主党に伝授できるし、立憲民主党は数の力を公明党に与えられる。政策面も、福祉や労働者保護の分野では元々ほとんど一致していた。僕としては特に反対する理由がない。

このように、なにをもって政党を支持するかは通常、複合的な判断に基づいており、自民党の支持者も多くはそうであろうと思われる。ワンイシューでスパッと全面支持 or 全面不支持を決められる方が、どちらかと言えば特殊で変わっているのだ。しかしSNSやショート動画ではえてして極端なフレーズが横行しがちで、あたかも0か100かみたいな勢いで物事が語られている。過去にこう言った言わないみたいな揚げ足も延々と取り上げられる。

ところがそんな話は、いざ支持政党に矛先を向けられれば都合よく矮小化せしめるのが政治の常である。今回の立憲民主党の変節ぶりを言うなら、じゃあほぼ真逆の考え方だったのに連立したかつての自民党はどうなのだ、とか、国鉄を民営化してもローカル線はなくならないと言っていたのはどうなのだ、とか、改憲のために結党したのにいつまでも発議をしないで解釈改憲でごまかしているのはどうなのだ、とか、最近の話でいえば消費減税をレジが云々で取りやめにしたのに、選挙前の今になってやっぱりやると言い出している。こんなふうに矛盾を突こうと思えばいくらでも突ける。

そもそも今回の解散総選挙にしても、高市内閣を支持している人は高市首相がそうしたから擁護しているのであって、もしこれこれこういう理由で解散はいたしません、と彼女が言えばそれはそれで擁護したはずだ。「いやいや! ここで解散しないなんて弱腰だ! 恥を知れ!」などと批判したりは絶対にしないだろう。つまり、結局どう転んでも党派性ありきで擁護するのは確定していて、後付けの理屈をどうこしらえるかが違っているだけに過ぎない。

しかしそれは、政党政治というゲームを制する上では実に正しい。 ここでようやく、タイトルの話になる。中道が本当に自民党と対をなす巨大政党として君臨し、政権交代をも狙うのであれば、こういった彼らの”柔軟な”態度を是が非でもものにしなければならない。「脱原発や護憲はどうなった?」と突っ込まれていちいち効いているようでは勝てない。さらっと秒で思いついた言い訳で茶を濁して切り替えていく。そういう魑魅魍魎の戦い方に順応できない者は、左派であろうと右派であろうと巨大政党の論理には馴染めない。そして、巨大政党でなければ法案を望み通りに通すことはできない。

自民党議員やよく鍛えられた支持者がすごいのは、ダーティな判断をする時と理念を語る時を意識的に使い分けられるところだ。前者にはしばしば「現実主義」と名前が付く。対して、野党側の議員やその支持者は意外にもイデオロギーに関係なく根がピュアで、自分の言動になにかしら立派な建前を設けたがる癖がある。中道が巨大政党の道を歩みはじめた以上、参加する議員はそのような態度とは決別しなければならない。今後、果てしないほどの不整合や自己矛盾が待ち受けているのだから。

中道改革連合は元祖野合プロの自民党に学べ! 今回の選挙結果が良かろうと悪かろうと、政党が10年続けば誰も野合とは言わなくなる。うっかり 『中革連』 と略しそうになる新左翼じみた党名も、さほど気にされなくなる。逆に最悪なのは、せっかく小選挙区制における勝ちパターン――強固な組織票を背景にした連合体――に辿り着いたのに、変に清廉ぶって自ら瓦解してしまう事態だ。自民党は党内でどれだけバチバチにやり合っても決して崩れない。別にこれは同胞意識とかではない。そうしないと選挙で勝てないからだ。自民党こそが野合のプロフェッショナルであり、高度に洗練された選挙互助会なのだ。

仮に今回の選挙で中道が大勝した場合、次にやるべき作戦は一つしかない。高市首相が退陣した後、他のどの政党にも先駆けて自民党に大連立を申し入れることだ。条件は多少不利でも構わない。失政の責任を分散しつつ政権与党を担える機会を逃してはならない。そこそこうまくやれば、有権者は中道を政権担当能力を持つ政党と認めるだろう。真の政権交代はその後でも遅くない。そうなれば、長年停滞を余儀なくされていた左派的な政策も驚くほどすんなり通るようになる。

かつて自民党は福田内閣の時、情勢の不利を悟って民主党に大連立を持ちかけた過去があった。民主党は次の選挙で圧勝できる見込みがあったので猛反発して断ったが、今思えばまったくもったいないことをしたと思う。もし大連立をしていれば、自民党の背中越しに政権運営の秘訣を盗む機会を得られた。直後に訪れるリーマンショックと震災、原発事故の対処を一党で抱え込まずに済んだ。自民党も下野の屈辱を避けられた。この時の出来事は今からでも大いに学ぶべきである。

©2011 辻谷陸王 | Fediverse | Keyoxide | RSS | 小説