点と接線。

スマートウォッチの未来

先週、スマートウォッチを買い替えた。Amazfit Bip Maxだ。この製品のレビュー情報は広く出回っているのであえて細かくは書かない。前のスマートウォッチを見た目重視の性能度外視で選んだ経緯もあり、各種情報の測定性能やUIの使い勝手は順当に成熟していると感じる。

本機種について言えば画面サイズが大きいのも良い。レビューでは好みが分かれるとされているが、運動でもビジネスでも視認性の良さは正義だ。画面サイズが大きさは筐体のゆとりにも繋がるので、必然的にバッテリー持ちも良くなる。購入当日に90%くらいまで充電して、一週間経った現在で残り50%なので2週間以上持つという宣伝文句は嘘ではなさそうである。

しかし逆に言うと目新しさはあまりない。オフラインマップなど以前は上位機種にしかなかった機能が降りてきていたりはするものの、根本的に使い勝手を変えそうな代物は見当たらない。かといって、不満らしい不満もない。つまり、2万円を切るエントリーモデルの製品でも基本的な機能はすでに出揃いつつあるのだ。

したがって、スマートウォッチの未来を想像する時、それは考えもしなかった新機能というよりは既存機能がブラッシュアップされていく方向性の方が実像に近いと思われる。たとえば、身体情報の測定性能がより精緻になり、従来の健康診断に匹敵するほどの精度を実現したら予防医療に役立ちそうだ。

現状では心拍数やストレス値、睡眠時間などを計測したところで、これ自体は真に有用なデータではない。言ってしまえばただの自己満足にすぎない。興味の薄い人からすれば、なにを躍起になって数字の羅列にこだわっているのかと疑問だろう。だが、非侵襲センサー技術が順当に進歩すれば採血なしで同等の検査結果を得られるし、十分なデータが蓄積されれば体調不良の予測も行えるかもしれない。

ある時、通知がきて「あなたは17時間後に発熱を伴う風邪症状に罹患します」と時計に言われる。言われるだけではない。即時に最寄りの医療機関に情報が送信され、自動的に診断を下して薬を調合、数時間以内にドローンが自宅に配送、職場や学校にも内蔵のAIアシスタントが連絡、くらいは割と実現可能性が高い未来像に思える。筋電センサーも発達しているので、ベッドで寝込んでいても指先のジェスチャで照明の調整や家電の操作が行える。

また、この頃にはAIアシスタントを演じているLLMも相当な進歩を遂げている。なにも医療に限った話ではない。身体情報をもとにパーソナライズされたスケジュールの提案や、健康管理も能動的に担ってくれるようになる。AIに起立しろと言われたら立つ、寝ろと言われたら寝る、これを食べろと言われたら食べる、飲むなと言われたら飲まない。判断に従ったかどうかは直後の測定で分かる。

今から10年以上先の未来では、LLMの判断能力は大抵の場合において人間より確実視されていると考えられる。時計の指示にどれくらい忠実に従ったかは健康保険を管轄する省庁のサーバに随時記録され、各々の市民に与える社会評価の目安に利用される。要するに、健康を一つの基準にスコアリングを行う。指示に逆らっていても健康体なら問題ないが、逆らっていて不健康な市民は公費を圧迫せしめる存在なので減点される。きっと社会保障費の削減に役立つだろう。

次に、個人認証デバイスとしての応用が期待できる。すでに諸外国ではスマートウォッチに運転免許証や国民IDを搭載する実験が始まっている。日本でも最近ようやくスマートフォンにマイナンバーカードを登録できるようになったが、特定個人の身体情報を蓄積しているスマートウォッチの方が個人認証に向いているのは明らかだ。

この時代ではなにかにつけていちいち名前や住所を書く必要はない。受付にある端末に手首をかざせば自動的に処理される。住民票や戸籍謄本、源泉徴収票もいちいち取り寄せなくて済む。すべてスマートウォッチを通じた個人認証と各省庁、各自治体のデータが紐づいているため、身体情報と合わせればその個人がどんな属性の人間か類推するのは極めて容易だ。おのずとこれを利用した民間のサービスも発達していく。

たとえば、今でも民間のサービスはターゲットにしている顧客層を囲い込むためにあれこれ策を講じている。簡単に言えば空港のラウンジは上位グレードのクレジットカードを持っている人でなければ入れないし、お洒落な服屋やカフェはなるべくそれに適う人しか入ってこないような店構えを意図的に作っている、ということだ。

物品の購入をただの消費としてしか考えられない人は、なぜ洒落たカフェのコーヒーが一杯1000円以上もしたり、ハイブランドの鞄が何十万円もしたりするのか理解できない。別にそれは、その商品の原価に応分のコストがかかっていることを必ずしも意味しない。ディオールの鞄は確かにMade in Italyだが、実態は下請け業者に1個あたり50ユーロほどの製造受託費を支払って移民労働者に作らせている。ちなみにディオールの鞄は2000ユーロくらいはする。

にもかかわらず、こうしたハイブランドの商品はよく売れる。これは単に優れた商品が欲しいからではなく自分の社会階層を暗に主張するための消費、いわゆる顕示的消費に当てはまるからだ。言わずもがな、交通の便がさほど変わらなくても一等地に住む、なんならちょっと不便でもタワマンの高層階に住みたがる、これらはいずれもその表明である。下位の社会階層の者がアクセスできない空間にいること、所有できない物品を持つことで自己の階層を証明せんとしているのだ。

だが、未来のスマートウォッチが統合された個人情報によって代わりに階層を証明してくれるなら、そんな非効率な消費は無用の長物となる。民間企業はそれらのデータを独自にスコアリングして、入場を許す店舗やエリア、居住地を設計できる。わざわざ店構えや価格帯で遠回りに伝えなくても、どうせスコアが満たない顧客は入場できない。かくして、あらゆるサービスの空港ラウンジ化が実現する。

となれば、顕示的消費のために過大な価格を支払うインセンティブはもはや生じない。自分たちと相容れないダサい人はもう店に入ってこない。商品はそのスコアの顧客が納得する妥当な品質に調整され、どれもコストパフォーマンスが良い商品ばかりになる。一見、企業側は儲けが減るようだが、意中のターゲット層に確実にリーチできる経済性を考えたら差し引きの利益はかえって上回るかもしれない。現状、彼らがそれを自前で講じてどれほどの広告費を投じているか考えればあながち暴論とは言い切れない。

この社会ではスコアリングが低い市民も概ね満足する。稼ぎが悪く、学歴がなく、えてして不健康な客層でも受け入れる店舗には、その属性を狙い撃ちにした商品、どんな体型でも着られるほど伸縮性に優れる廉価な化学繊維の服、砂糖、塩、油、化学調味料がたっぷり入ったスイーツやジャンクフードが大量に並んでいるからだ。彼ら向けの医療機関では長期的な健康管理は実施されず、即座に苦痛を止めてくれる強力な向精神薬や鎮痛剤が処方される。

当然、先のAIアシスタントもユーザの属性や身体情報を加味したコミュニケーションを行う。スコアが一定の閾値を下回り続けると傾聴モードに移行し、そうした属性のユーザが発しやすい発展可能性の乏しい発言や態度に深い同情を示してくれる。事実、具体的な助言よりも単純に共感を繰り返す方がトークン消費量が少なく顧客満足度も高いため、これは誰にとっても都合の良い設計と言える。

極めつけは決済機能だ。むろん、今でも一部の機種は決済機能を搭載しているが、個人認証と社会的属性、身体情報が統合されていれば、これを与信情報に応用できる。連携している金融プラットフォームが自動的に与信枠を与えてシームレスに決済を手助けしてくれる。集められた「高確率で健康体のまま働き続ける人」の与信情報は高度に金融商品化されており、スコアに応じて利息は免除される。

一方、優れた与信情報を持たない低スコアの人々にとっては直近の健康がなによりも重要だ。与信枠はリアルタイムに変更されるため、安定したスコアリングに寄与する属性を持たない人は体調や感情の乱れが理由で大幅に与信枠を減らされてしまう。なにかあったら時計に査定される前に向精神薬をがぶ飲みするのがこの時代の処世術だ。しかし、うまくやりくりすれば収入以上の生活水準を維持できなくもない。

なんだがディストピアSFの序章じみてきたが、現実には悪者が嫌がらせでやるわけではない。各々が自己の満足と社会の効率化を願った結果、需要に応じる形でごく自然に実装される。誰だって税金の無駄遣いを嫌うし、雰囲気が合わない他人を遠ざけるし、自分が責任を負わずしてよしなにやってくれる方が楽なのだ。もし誰かが時計をつけるのも煩わしいし失くすのが怖いと言えば、次は皮膚の下、眼球の表面、脳みその奥深くに埋め込まれるだろう。

スマートウォッチの未来とは即ち、個人情報の結晶となることである。属性と身体情報を精緻に記録できれば、それはその人物の口から出るどんな言葉よりも雄弁に一切を物語ってくれる。警戒心を抱かせずにユーザに肌身離さず持ってもらえる文化的形態として、たまたま時計が最適だっただけに過ぎない。かくいう僕も、皆さんも、こうしてまんまと身につけている。