点と接線。

to Hugo

Twitterで宣言したとおり、 ブログをWordPressから静的サイトジェネレータに移行した。マークダウン記法での執筆にまだ慣れていないのでしばらくは手探りで書くことになると思われる。移行理由 理由は色々ある。まず、WordPressそのものが大半の場合においてオーバースペックすぎる。よく言われるセキュリティ云々はさておいても、特に必要でもないのにPHPやらDBやらを逐一走らせて無駄にリソースを消耗したり、度重なる更新等で徐々に肥大化していく様を見るのは、最小構成の実装を好む人間としては看過できなくなっていた。カテゴリーすらまるで使わない人間にWordPressのあの重厚長大な管理画面は明らかに過剰だ。マークダウン記法に不慣れだとしても、いつも使っているエディタを開いてすぐとりかかれる方が習慣化する上で好ましいように思える。

二度目の機会ならある

なにかと悪い方向に物事を考えるくせがある。いかにも企業の危機管理部が提起しそうな「最悪の想定」を大幅に越えて、ほとんどサスペンスかホラーの域に到達するまで妄想をやめられない。そのせいか現実の話ならともかく、とんとん拍子にうまく展開が進む手合いのフィクションはどうにも苦手だ。これは必ずしもリアリティの話ではない。創作だからこそどんなに極端に後味が悪くても楽しむ事ができるのに、わざわざ底抜けにお気楽な内容にしてしまう意義があるだろうか。せっかく刺激的な人物や設定を作ってもそれでは自ら魅力を殺いでしまっているようなものだ。

洛陽を思えば

京都で上京と書くとそれは「かみぎょう」と読まれる。間違っても首都に行く意味とは見なされない。彼らにとって東京は上るものではない。むしろ東下り(あずまくだり)という言い回しさえある。千年の都を自称する気高さは伊達ではない。そんな京都人も府外の相手ならともかく同郷で優位を保つのは難しい。下の地図の範囲内にある地域は「洛中」と呼ばれて一定の評価を得るが、ここから外れた人たちは「洛外」として実質的に外様の扱いを受けるからだ。

刃物に宿る男根

昔、強姦を犯した性犯罪者に去勢を施す国があった。性器がなければ再犯率が下がると考えたのだろう。事実、性犯罪率は下がったかのように見えた。ところが人間の狂気は一物を削ぎ落としたくらいで容易に萎むものではない。ある男は数多の強姦を繰り返してきたが、去勢を契機にまったく別の性癖が開花した。刃物である。挿入を通じて得られぬ快感を刃物によって代替しようとしたのだ。彼にはもはや男根は必要ない。刃物が彼の永遠の男根となった。