2021/03/25

極右専用SNS開発シミュレーション

トランプ氏が独自のSNSを引っさげて帰ってくるらしい。

2016、2020年の米大統領選でトランプ陣営の上級顧問を務めたジェイソン・ミラー(Jason Miller)氏が21日、FOXニュース(Fox News)に明らかにした。  ミラー氏は、「トランプ前大統領は、おそらく2~3か月以内にソーシャルメディアに戻ってくると思う」と語った。「これはトランプ氏独自のプラットフォームになる」  さらに、「この新しいプラットフォームは大規模なものになる。誰もがトランプ氏を待ち望んでいる。何百万人、何千万人もの人々を連れてくるだろう」と述べた。
引用元:AFPBB News

結論を先に言うと、これは熱狂的なトランプ支持者たち(以下、トランプ信者と呼称する)から金をせしめるための方便だと思われる。選挙不正の検証に関する寄付金集めでもその一部を自身の借金返済に充てるなど、普段の言動とは裏腹にかなり狡い真似をする男だ。どんな形であれ彼が身銭を切ることはないだろう。

しかし、もし仮にトランプ氏とその信者たちがよろしくやれるようなSNS――極右専用SNSを開発運営するとしたら、一体どれだけの困難を乗り越えなければいけないのか? 本エントリでは一つのシミュレーションとしてそれを示す。なお、諸般の事情で非IT技術者でも読みやすくなるよう幾分か説明的な箇所が存在するが、どうか最後までお付き合い願いたい。

サーバはオンプレミスまたは第三国

トランプ氏のSNSアカウントが過激な言動(特に議事堂襲撃の扇動)ゆえに永久凍結を課せられた話は記憶に新しい。彼だけではなく「Parler」という彼の信者をはじめとする極右勢力が集まるSNSも、当該のアプリケーションがApp StoreやGoogle Playから削除されており、さらにはサービスをホスティングしていたAmazon Web Servicesからも停止処分を受けている。

今時はどんな案件もAWSやGCP、Azureなどのパブリッククラウドを利用した開発が当たり前だが、AWSがホスティングを拒んだように他の二社もおそらく同様の判断を下すと推定される。極右勢力と商取引していると知られたら企業イメージの損失に繋がりかねないからだ。

従って、トランプ氏率いる開発チームは自分たちでサーバを保有し運用する形(オンプレミス)を採るか、あるいは第三国の事業者からホスティングサービスを提供してもらう必要がある。人種差別や超国家主義を良しとしないのはあくまで現代の西洋的基準なので、そういった価値観に与しない国々の企業であればサービスの提供に差し支えはない。

余談だが前述の「Parler」は現在、ロシア国内の事業者によってホストされているそうだ。アメリカの極右勢力が集まるSNSがよりによってロシアの手の内にあるなんてずいぶん皮肉な話だ。やつらは悪い連中だぞ。知らなかったのか? コールオブデューティでもいつも敵役だしな。

そもそも現在のITインフラが大手三社のクラウドサービスに依存している理由は、他の追随を許さない圧倒的に優れた料金体系やスケーリングのしやすさ、提供可能な機能の豊富さなどから来ている。自前で物理的なサーバを保有するにはどれだけのアクセス数が見込めるか前もって検討しなければならず、もし期待外れの結果に終わればせっかく購入したサーバ資源は無駄になり、逆に低く見積もりすぎれば過大なアクセス数に対応できずサービスが停止してしまう。

一方、クラウドサーバであればその時々の条件に合わせて適切な構成を選べるため、このような問題は発生しにくい。先に述べたとおり、トランプ氏がわざわざ身銭を切ってまで物理サーバを爆買いするとは思えない。しかし、寄付金集めの口実としては真実味が増して悪くないかもしれないな。 よし、その案でいこう。

開発チームは白人、高卒、地方在住

かくして謎の寄付金パワーにより、大量のブレードサーバがトランプ邸の空き部屋に設置された。だが肝心のサービスを開発してくれる人員をどこからか引っ張ってこなければ話にならない。寄付金がまだ潤沢に残っているとしても、トランプ氏とその信者たちが誰も現実の話をせず、毎日みんなで陰謀論や人種差別を語りあって一日が終わるマジで楽しい極右専用SNS(ツイッターマイナス2) を作るために名乗りをあげるプログラマーがそういるだろうか?

合衆国内の傾向に限った話だが、トランプ信者は有色人種よりは白人に多く、都市部よりは地方に多く、学位を有する者よりはそうでない者に多い。そして、プログラマーは残念ながらこれとほぼ対極の傾向を持っている。他の業種と比べて人種や民族多様性に勝り、主に都市部で盛んで、大抵の場合は計算機科学か関連する学位がなければ仕事に就けないからだ。こういった属性の中にもトランプ信者はいるにはいるに違いないが、必要な人員を集めるまでに相当な苦労を要するのもまず間違いない。

次に考えられるとしたら、やる気に満ちた未経験者をたくさん雇用して少数の経験者の下で訓練させることだ。極右専用SNSを作っていると公言するのは社会的に憚られるが、未経験者にプログラミングを教えるという名目であれば興味を持つ人がいてもおかしくはない。トランプ信者たちはとにかく自身の発言が妨げられないことを最優先に考えているだろうから、多少見てくれが悪くレガシーな仕様であっても彼らは許容してくれるはずだ。

案外、このやり方は本当にありかもしれないな。寄付金の多寡次第だがちょっとした雇用対策にもなる。もしかするとここからプログラミングの才能に目覚めた次世代の右翼が輩出されるかもしれないし。

マネタイズはポルノ広告かサブスクリプション

三ヶ月の訓練を経て未経験者たちは完全に理解したプログラマーとなった。オフショア開発を駆使しつつ、様々な苦難を乗り越えて主だった機能を完成させ、数年後、ついにアルファリリースにこぎつけた。いよいよ極右専用SNSを安定して運営していけるようにマネタイズ(収益化)を考えなければならない。

競合他社の収入源は言うまでもなく広告である。SNSを運営する企業にとって真の顧客とは広告主であって、われわれユーザではない。僕たちはむしろ商品の側だ。ほら、こんなにすばらしい商品(多種多様な人々)が揃っていますよ。お一つ(広告出稿)いかがですか? というふうな具合に。

彼らがダイバーシティをはじめとするリベラル的な価値観に一見、親和的なのはその方が商売に好都合だからであり、どこまで本気かは正直なところ判らない。とにかくリベラルな企業イメージを保っていればそれに共感する人々が参加してくれる公算が大きく、そういった人たちは付加価値や流行に敏感で高価な商品にも必要性を見出す傾向が強い。インテリでリベラリストな若者は広告主や資本家にとってとびきりの上玉なのだ。逆に言えば、前述に挙げた属性を持つトランプ信者たちの"商品価値"はすこぶる悪いということになる。そんな人たちばかりが跋扈する地獄のSNSに広告を出稿しようものならブランドイメージは確実に毀損され、利益になるどころかこれまでに獲得した客すら離れていきかねない。

結果、トランプ氏の極右専用SNSは企業イメージの向上を半ば諦めた業界の広告主から出稿してもらう形になる。代表的なのはポルノ広告だ。かつてはあの2ちゃんねるも同様の広告を広く受け入れることで収益を得てきたので、対外的な印象を度外視するならこれは有効な手立てに思える。

しかし、一つ重大な問題がある。トランプ信者には敬虔なキリスト教徒が多く、その中でも特に福音派と呼ばれる教派はセクシャルな領域に極めて厳格な態度を示すことで知られている。中にはただの自慰行為さえ「セルフレイプ」として禁じる人たちもいるほどだ。彼らは極右専用SNSがポルノ広告まみれになったらえらく憤慨するだろう。トランプ氏自身も福音派の支持を目当てに同性婚や人工妊娠中絶に反対してきた経緯があるため、大統領として返り咲きたいのであれば決して彼らを蔑ろにはできない。

従って、おのずと極右専用SNSはサブスクリプション方式で運営されることになる。フリーミアム(閲覧のみ無料など)か完全な会員制かは検討の余地が残される。競合他社の存在を考慮するとそんなに多くの利用料金はとれないが、前述のオンプレミスを維持するためにはどうしても一定の固定費がかかってしまうのでなかなか悩ましい。例えば 「愛国者認定バッジ」 の類を実装して、通常プランの上位として高額料金で保持できる形態にすればいくらかは稼ぎの足しになるかもしれない。トランプ信者の中には中小企業の経営者も少なくないので契約者は一定数見込めるだろう。

こうして極右専用SNS「ツイッターマイナス2」は正式にローンチを果たしたが、ブレードサーバの稼働音がうるさくて眠れないとイヴァンカ・トランプ氏が文句を言うので、急遽どこかの物件を契約してサーバをすべて移さなければいけなくなった。寄付金の残高はさすがにもうあまり余裕がない。聞けば中国の地方都市はテナント料が手頃で電気代も格段に安いそうだ。トランプ氏率いる開発チームのインフラエンジニアはさっそく空港へと向かった……。

寝言くらい許してやれ

真に曇りなき善良な人格を持っている人であれば、本エントリをここまで読んできて幾分不快な気持ちになったかと思う。というのも、トランプ信者たちは明らかに社会的弱者である。僕のこれまでの物言いは客観的な説明に見せかけた当てこすりみたいなもので、一種の統計的差別に近い。

彼らは現代の資本主義社会にまったく適合しない。地方に生まれ、満足に学を身に着けさせてもらえず、むろん実家に金はなく、宗教的な道徳だけはやたらと厳格で、欧米の慣習はずっと親元にいることを良しとしないゆえに、ひとたび成人したら後は自己責任とばかりに追い出され、仕方がないからとりあえずできる仕事をする。大学には通えない。当然、給料はありえないほど安い。栄養価の高い食糧は買えず、ジャンクフードで腹を膨らませる。

偏食が祟り慢性的な疾病を患っても、公的な医療保険がないのでその場しのぎの鎮痛剤で我慢する。ストレスと不満が溜まっていく。気を紛らわすために刹那的な消費や娯楽に浸り続ける……そんな中、救世主が現れた。救世主の名は、ドナルド・J・トランプ。 救世主は言う。悪いのはすべて――移民だ、黒人だ、インテリだ、リベラルだ……。

こうして彼らは沼に深く深く沈んでいく。気づけばバイデン大統領を筆頭とするリベラル勢力は人間の皮をかぶった爬虫類型宇宙人ということになり、いずれ世界緊急放送と共にトランプ氏が反撃の狼煙をあげ、光の戦士となりて人類の敵――ディープステートを一挙に討ち滅ぼしてくれるのだと固く信じ込むようになる。

投票集計機メーカーのドミニオン社から訴訟を起こされたシドニー・パウエル氏(トランプ氏の元弁護士)はこう弁解した。かつて彼女は、大統領選挙で投票集計機を用いた不正が行われたと再三に渡り主張していた。

「分別のある人なら私の主張を鵜呑みにしたりはしない」

だが、今さら見捨てられてもトランプ信者たちに他の救いの手はない。彼らはたゆまぬ開拓精神の申し子なので福祉による救済を拒む。生活保護や公的医療の類は共産主義的であり、憎きソヴィエト・ロシアの文化であり、すなわち悪なのだ。

彼らは古き良き社会への回帰を願っている。曰く、女と黒人がもっとわきまえていて、アメリカの伝統にふさわしい製造業や農業、畜産業などが尊ばれ、進化論には与しない。白人は神が作りたもうたが、有色人種は猿から生まれた。中国やインドはアメリカから製造業を奪わず、日本はアニメとHentaiだけを供給して自動車は作らない。

つまり、彼らが彼らの望みどおりに救われるには、他の大勢を犠牲にしなければならないのである。むろん、誰だって御免こうむる。実現可能性は極めて低い。冒頭で言ったようにトランプ氏が本当に極右専用SNSを持ってくる見込みもほぼなく、仮に叶ったとしてもそう長続きはしないだろう。

だからこそ僕は思う。だったら、彼らがインターネットの片隅でしょうもない寝言を垂れる自由くらい、許してやってもいいじゃないか。

いきなり街角に現れて銃を乱射したり議事堂襲撃をしでかさなければシリアスな危険性はないはずだ。あらゆる人々や企業、政府がヘイトスピーチを時として過剰に取り締まろうとするのは、そうしたテロ行為と本来なら取るに足らない放言に連続性があると見ているからだ。だから君らは銃を置け。 外では紳士的に振る舞い、荒ぶるのは寝言だけにしておけ。見てみぬふりをさせてくれ。画面を指で弾くだけで済むから。

その点、日本のトランプ信者はとても平和的だ。富士山が移動したとか消えたとか、マザーシップが内部に隠されているとか、トランプ氏が一人あたり六億円くれるとか、実質的にはほとんど誰も害することなくマジで楽しい極右専用SNSを今日も元気にやっている。

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