2024/04/15

マンション自治会の小政治

ことの始まりは昨年の冬、郵便受けに入っていた一枚の檄文からだった。そこには、ある人物がマンション自治会の次期会長に立候補する旨が記されていた。以前から折に触れて書いているように、僕は埼玉のとある団地に住んでいる。建物は古いとはいえ駅まで徒歩10分、大型スーパーまでは5分足らず、近隣には繁華街もあるなど周辺環境が非常に良く、その割に家賃も安い。

代わりに、マンション自治会への参画が半ば義務付けられている。各階の住民は毎年2人ずつ「代議員」と呼ばれる広義の生贄を選び、自治会に供出しなければならない。代議員の仕事は自治会費の徴収や連絡事項の伝達をはじめとしてかなり多岐にわたる。同じ階に新しい住民が入居した際には案内役を務めることもある。

とりわけ毎月、平日夜に当然の顔で開催される代議員集会は負担が重く、かといって不用意に欠席すると後で上層部が自宅に注意を促しにやってくるものだから行かないわけにもいかない。当然、こんな面倒な仕事など誰もやりたがらないので、毎年、年度末が近づくと各階の住民は膝を突き合わせて次の代議員役を押し付け合う格好となる。

しかしさすがにそれは非文明である、との声も次第にあがったのか、僕が入居した階では独自のルールが敷かれており、内々に用意された帳簿で代議員歴を記録して順繰りに選出する方針を採っていた。各階には15以上の部屋が存在するため、一度やれば7年は回ってこない。そんなに経つ頃には住み飽きて引っ越しているに違いない。僕は中学生以来、同じ場所に5年以上留まった試しがない男だ。

そういう事情から3年前に代議員を一度務めた。入居して1年足らずでの選出はあまり前例がないそうだが、面倒なだけで難易度的には大した仕事ではない。むしろ、能動的に働くことでコミュニティの輪郭も幾分掴みやすくなる。任期中、廊下に撒き散らされた糞便を回収するといった厄介な任務を仰せつかったりもしたが、結果的には良い感じに顔を売れたと思う。だが、二度とやりたくはない。

さて、末端がこんな有様なら上層部はいかにして選ばれているのか。これは至極単純で代議員の中からくじ引きで選ばれる。選ばれた者は「役員」となり、それぞれ専門の管轄を割り当てられる。そうして役員を勤め上げた者の中から自治会の上層部が決定される。要するに、運の悪い人ほど出世していくという、俗世の競争社会とは真逆の形態をとる誠に不可思議な組織体制なのだ。最後に、もっとも運の悪い人物が晴れて自治会のトップ――自治会長に任ぜられる。

ところがこの自治会長、実は自ら立候補もできる。30人以上の推薦人署名を獲得し、代議員の過半数に承認された住民は自治会長になれる。ご覧の通り、誰も望まない地位ゆえほぼ死文と化していた仕組みだったが、突如としてこの冠を被りたがる奇特な人物が現れた。ここでようやく話は冒頭に戻る。その人物――仮にY氏としよう――は、マンションの全戸の郵便受けに檄文を配布して推薦人を募りはじめた。

檄文の内容はとても興味深かった。そこでは自治会組織の実質的な解体が強く訴えられていた。まず役員制度を撤廃して一切の権限を自治会長に集約――末端の小間使いであるところの代議員も各階1人ずつに縮小――自治会費も当面の間は内部留保されている預貯金で済ませると謳う。自治会が催していた健康体操の会や児童会、その他イベント、集会の類もことごとく廃止、やりたい人は勝手にやればいいとの構えだ。

こんな荒業がもし本当にできるのなら大いに結構な話に思われる。たとえ少額でも金を払わずに済むに越したことはない。なにより代議員の仕事が大幅に減り、かつ、今後運悪く役員に召し上げられるリスクもなくなる。まさに願ったり叶ったりではないか。この時、僕は相当な部分においてY氏を支持しかけていた。

その後も事あるごとに追加の檄文が郵便受けに入った。先の気前の良い表明がものを言ったのか30人を遥かに上回る推薦人署名を獲得したという。来る日も来る日も、それらの文章にはいかに自治会の現体制が非効率の極みか、数多くのビジネスを幅広く手掛けてきた自分ならどんなにうまく運営できるかが太字のゴシック体で記されていた。

あたかも過ぎ去りし学生運動の時代を彷彿させる文面の数々は、郊外のいちマンション自治会に過ぎない組織にもれっきとした政治闘争が存在しうる事実を強く印象付けた。というのも、ここへきて事態は急展開を迎えたからだ。会則によると、自治会は所定の役員が揃わなければ新体制を発足させることができないのである。

つまりY氏が適切な手続きを踏んで自治会長に就任するには、撤廃する予定の役員を自ら集めなければならない。面倒な仕事が減るのならと喜び勇んで署名した人々とて、たとえ一時的にでもそんなややこしい役割を負うはずもなく状況はそのまま4月にずれ込んだ。新たな役員を募る緊急集会が催されるも、手を挙げる者はやはり一人として現れない。

これにはY氏も怒り心頭、檄文の語気はいよいよ罵詈雑言の類と相成り、不正、弾劾、訴訟といった物々しい文言が紙面に踊り狂った。意見交換を兼ねた会合も催されていたらしく、Y氏と現体制の凄まじい言い争い――というよりはほぼ一方的な痛罵――を文字起こししたものが住民にも公表された。ここへきて、期待のニューリーダーと目されていたY氏の品性が露呈せしめられたのだ。

今月末、自ら自治会を発足できないY氏に代わり、代議員による採決が行われる。Y氏を新自治会長とするか、あるいは現体制の任期を延長するか――言わずもがな、結果は見えている。Y氏には幾度となく公開演説の機会が与えられていたが「忙しい」と断ったきり、ついぞ我々の前に姿を晒すことはなかった。ただし、檄文だけは今なお勇猛果敢に郵便受けへと入り続けている。

むろん、現体制も決して理想的な運営を行ってきたわけではなかった。確かに自治会費は安くはない。効率も良いとは言えない。各種の行事にも意義があるのかどうかよく分からない。しかしながら、明らかに嫌々引き受けたであろう仕事を彼ら彼女らは、たとえ少数のニーズであっても規則に基づいて拾い上げ、これまで地道に対応してきたのである。僕にとってはどうでもよくても、他の誰かにとってはきっと大切なのだろう。

一連の出来事は、外の社会のあらゆる側面を示唆しているように思われた。いわばマンション自治会の小政治だ。こんな日常の風景からでもより広い物事の洞察が得られると考えれば、こうした関わりに一枚噛んでおくのもそう無駄ではないのかもしれない。そんなわけで、むこう7年はやらずに済むはずの代議員を僕は今年もやっている。

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