フレームワークを用いたJavaの開発案件をVimのみでこなすのは少々厳しい (いや、こうすればうまくやれるとの案があれば教えてほしい! 切実に!) ので、IntelliJ IDEAにIdeaVimを入れてなんとかする。文脈から明らかな通り、IdeaVimとはVimっぽい操作体系を実現するためのプラグインである。とはいえこれでVimの操作感を十分にエミュレートできるのか、と言われればやはり難しい。そもそも「Vimの操作感」とはVim単体のみならずプラグイン群と独自の設定を含めた個々人に固有の環境を指すため、他のソフトウェアがどんなに頑張ったところでVimでなければVimではないというのが正直な感想だ。しかし僕はプロのグラマーであり、過度の公私混同はプロフェッショナルに反する。
思いのほかとんとん拍子に物事が進み、来月から新しい職場で働くことになった。そう、この男、こっそり転職活動をしていたのである。転職先はGoで書かれた非対称鍵暗号基盤を自社製品に持つ受託企業だ。もちろん将来的にGo案件に関わる機会を念頭に置いての話でもあるが、選考の過程でCTOの方と技術選定に纏わる問題意識が一致していたところが大きい。インフラ寄りのSEからPGに鞍替えする形なので年収はさほど上がらなかったものの、福利厚生は申し分なく晴れてリモートワークの権利も獲得できた。そんなわけでゴールデンウィークを前にあらゆる問題が完全に解決する見通しとなった僕は、浮かれに浮かれきった気分で休暇を迎えた。
今でも思い出に残っているのは、指先に残るわら半紙の感触。言われるままにピンと立てた人差し指を滑らせると、横にいるお父さんが耳元に語りかけてくれる。「そうら、そこがゲオルゲン通りだ。そこを右に曲がると――」私は言葉を遮って大声で答えた。「レオポルト通りね!おしゃれなお店がいっぱいあるの」「そうだ、いつかお前もそこで立派なドレスを買ってもらえるようになる」耳の奥底からあまりにも聞き慣れすぎた高周波音が徐々に近づいているが、まだ私は喋っている。「でも、私が着たってしょうがないわ。どうせ分からないもの」「そんなことはないよ。立派なお洋服は着るだけで分かるんだ」記憶の中の私はいっそう声を張り上げる。「じゃあ、今、欲しい」「今は……難しいかな。そういうお店はどこも閉まっている」「どうして?」「……みんな、他のことで忙しいんだ。さあ、指がお留守だぞ」私の指先がぐんぐんと先に進み、ルートヴィヒ通りを過ぎる頃には高周波音は耳を覆い尽くさんばかりだった。「ずっとだ、そう、ずっと、さあ、広場に着いたぞ。どこだか分かるかな?」思わず、私は轟音に負けないように大声で叫んでいた。「マリエン広場!私と同じ名前の――」
ことの始まりは昨年の冬、郵便受けに入っていた一枚の檄文からだった。そこには、ある人物がマンション自治会の次期会長に立候補する旨が記されていた。以前から折に触れて書いているように、僕は埼玉のとある団地に住んでいる。建物は古いとはいえ駅まで徒歩10分、大型スーパーまでは5分足らず、近隣には繁華街もあるなど周辺環境が非常に良く、その割に家賃も安い。代わりに、マンション自治会への参画が半ば義務付けられている。各階の住民は毎年2人ずつ「代議員」と呼ばれる広義の生贄を選び、自治会に供出しなければならない。代議員の仕事は自治会費の徴収や連絡事項の伝達をはじめとしてかなり多岐にわたる。同じ階に新しい住民が入居した際には案内役を務めることもある。