点と接線。

Neovimの見た目を削ぎ落とした

Lua化が一段落ついたら今度は細部の外見が気になってきた。どんなに些末な内容でも一旦そっちに気を取られると直すまでなにも手がつかないってよくありがちだ。僕はもう手遅れだが、せめて他の誰かの時間を節約せしむることによって名誉の回復を図りたい。Neovimの角ぜんぶ四角くする 近年のOSはどれもウインドウの角が丸くなっている。おそらく最初にやりはじめたmacOSはもちろん、Windowsもどさくさに紛れてちゃっかりまた丸まってる始末だ。きっとソフトウェア工学にもなんらかの安全基準が設けられたのだろう。角を丸くしておかないと怪我をするかもしれないからな。指とか。iOSやAndroidに至ってはそもそもスマートフォンのディスプレイ自体が角丸で作られているから、おのずと丸くならざるをえない。

Neovimを完全にLuaLuaさせた

前回の記事 の続編にして最終章の幕開けである。ついにinit.lua化は果たされ、主だったプラグインはどれもLua製に置き換わった。プラグイン総数が50前後しかないカジュアルユーザの僕でも丸一日かかったがやるだけの価値はあったと思いたい。今や業務以外ではエディタをVim一本に絞りきれるところまで馴染んだ。主流のプラグインマネージャがNeoBundleの時代からVimに触れてきた割にはずいぶん手間を食ったものだ。「Vimはサブ武器です」と尻込みしていた頃とはうってかわり、Vimはもう僕のメイン武器となった。

論評「自由への道」:一緒に祈ってくれ

僕の知るかぎり本作はウィル・スミスが授賞式で司会者を殴って以来、初めてスクリーンの前に姿を現した作品だ。あの件への賛否はともかく、ひとまず業界追放は免れたようで安心した。僕は「バッドボーイズ」と「メン・イン・ブラック」に端を発する割と熱心なウィル・スミスファンである。あまり挙がらないが「アイ,ロボット」のスプーナー刑事役もなかなか良い味が出ていた。「幸せのちから」で息子と共演を果たしてからというもの、なにかと自分の子供と出演したがる悪癖がついて回り一時期はだいぶ心配していたが、本作の出来栄えを見るにどうやら杞憂だったらしい。実在の脱走奴隷を演じる大役を彼は見事にこなしてみせた。暴力の代償ゆえアカデミー賞関連行事には10年間出られないが俳優としては今後もきっと安泰だろう。彼に復帰の機会を与えてくれたAppleほか関係各位に感謝したい。

パソカタ諸氏へ

なぜ僕の周りではゲーム・オブ・スローンズやウエストワールドが一切話題に上らず全員アニメの話をしているのかということを一生考えてきた。情報系オタク(人生の大半をパソコンカタカタで過ごしてきた人間の、総称)は上の世代も下の世代もアニメばかり見ている。話数が多いと尻込みしてしまうのかとも思ったが、まだ1シーズンしかないイカゲームとかもまるで存在しないかのようだ。よく知られたタイトルでもこんな有様だから、その他大勢の単体映画については言うまでもない。