2023/07/03

書評「出会って4光年で合体」:生命のダイナミズムと射精

インターネット上に突如現れた本作「出会って4光年で合体」は約400ページもの連なりを持つエロマンガだという。その常軌を逸した頁数もさることながらなおも並々ならぬ異常性を感じさせるのは、各ページに刻まれたおびただしい量の文章だ。作品欄のサンプル画像に気圧されて購入を断念した人も多いだろう。だが、まず言っておかなければならない。あれはまだ序の口だ。 一方、早々に読み切った猛者の間では絶賛の声が相次ぎ、星雲賞受賞待ったなしとの評も囁かれるなか、僕は本作を手に取るまで冷めた態度で騒動を見守っていた。オタクの誇大表現にはいい加減なんらかの法規制が敷かれるべきではないのか、と呆れたところで、いやしかし、400ページのエロマンガなど正気の沙汰では描けぬもの、もしかするともしかするかもしれない。そう考えて、やはり読んでみることにした。読み終わる頃には目がしばしばしすぎて柴犬になった。 Read more

2022/09/30

書評「われら」:ディストピアSFの嚆矢

はじめに 巨大国家ないしは企業による執拗な管理統制、秩序が過剰に行き届いているがゆえの圧政、支配に慣れきった登場人物たちの狭量、諦観に満ちた思考様式――これらは俗にディストピアSFと呼ばれるジャンルが共通して持つ要素である。天を衝く勢いで異常発達した高層建築群や、都市機能を支える緻密な社会インフラ、高度な科学技術、それらの合間合間に点在する監視装置の存在もまた、ジャンルに馴染み深い象徴として知られている。 Read more

2022/04/23

書評「共生虫」:社会性と暴力性の境界線

村上龍の作品にはインモラルなものが多いが、本作も多分に漏れずそれが存分に迸っている。もっと言えば、なにがしかのテーマに氏特有の暴力性が付属しているのではなく、本作は暴力そのものがテーマなのだ。暴力を通じて初めて自分の人生を得た者、逆に暴力に囚われたがゆえに身を滅ぼす者、暴力と知らずに暴力を用いる者、そんな登場人物らの交叉が黎明期のインターネット空間、不景気の到来が誰の目にも明らかとなった平成初期を舞台に描かれている。 Read more

2021/06/10

書評「人間たちの話」:にじみでる諦観の念

どんなに完璧な生活リズムで暮らしていても、やはり寝付きが悪い日というのはあるものだ。寝床に入って十分、二十分……まだ眠れない。そんな時には、諦めて本を手にとる。眠れない日の読書はどういうわけか活字がよく頭に入ってくる。夜半に間食を貪るがごとく、僕は文章を頬張った。 そうは言っても膨らむのは頬ではなく瞳孔で、咀嚼音の代わりに目がぱちぱちと閉じて開く。そういう形態の営みを三時間も続けた頃、物語はあらかた食べ尽くされた。その時分には、僕の目もようやく咀嚼を止める気になって休息に落ち着いたのだった。特にオチはない。 Read more

2021/04/17

書評「アーサー王宮廷のヤンキー」:知識無双系の始祖

前置き 現代の科学技術や知識によって古の蛮習を一掃し、かかる圧政から民草を救おうとする試みはあらゆる物語の上で実践されてきた。どれほどの賢者であっても実際に未来の出来事を把握し、その結果までをも経験した者には及ばない。ゆえに主人公は常に圧勝する。文明を象徴したるわれわれの優れた科学や理性が過去の後塵を拝することなどありえないからだ。 いわゆる知識無双系と呼ばれる作品群は、それらの輝かしい勝利や民からの崇拝、旧弊の権力があげる断末魔などを通じて、われわれの文明がいかなる機序にして成り立っているか教えてくれる。同時に、ただ漫然と座って読んでいるだけでも実に心地の良い優越感をもたらしてくれさえもする。たとえ、自身が科学文明という名の巨人の肩に乗っているに過ぎないのだとしても。 Read more

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