2021/03/20

書評「蠅の王」:愚かしさからの学び

前置き 未成熟な少年少女たちが文明から隔絶した環境で奮闘するさまは、それ自体が独特の芳香を放っている。そこには分別の行き届いた大人の理屈を軽々とすっ飛ばす爽快さと背中合わせのもどかしさ、計画に裏打ちされない行きあたりばったりの邪悪さ、脆く壊れやすくもあり、同時に修復されやすくもある刹那的な人間模様……などが、渾然一体となって詰められているのだ。 本作は巻末の訳者あとがきで既に一定の解説が為されており、キリスト教的なモチーフが用いられていることや、ある種の寓話的性質の色濃さについて言及されている。従って、今さら同様の筋からアプローチしても単なる繰り返しにしかならないので、本エントリではもっと地に足の着いた素朴な難癖に重点を置きたいと思う。 Read more

2021/02/12

書評「限りなく透明に近いブルー」:全体的に不潔

前置き 本作を最初に手にとったのは高校生くらいの頃だったと思う。当時、ある種の焦燥感から小説を乱読していた僕は母の蔵書――この頃は電子化以前だったため部屋の壁面と押入れが埋まるほど本があった――から適当に抜き出して読むということをやっていた。その日、不運にも僕の手が捕まえた一冊がまさしく本作「限りなく透明に近いブルー」であった。 当時、本作を通じて得られた読書体験はひかえめに言っても最悪に近かった。高校生の僕には無秩序な堕落が延々と続いているようにしか思えず、むろん、登場人物の誰一人にも共感できるところはなく、おまけに後半は一文がやたらと細切れになっているのに段落が少ないせいか読みづらかった。いっそ読むのをやめてしまえばよかったのに、そのうち面白くなるかもしれないとチンタラやっているうちにページの末尾までたどりついてしまった。読了後の感想は「全体的に不潔」の一言に尽きた。 Read more

2021/01/24

書評「推し、燃ゆ」:無限遠点の隣人

前置き 大量にある積ん読をすっ飛ばし、あえてこの本を優先的に開いたのにはわけがある。 第164回芥川賞を受賞して間もない本作は、なるほど確かに著者が弱冠21歳の若手、それも現役女子大生であることから大きく話題を呼んでいる。が、これはどうでもいい。この本を求めた理由は、僕が理解に悩んでいたある種の人々について、より深く解釈できるようになるかもしれないと期待したからだった。 ある種の人々は主にSNSを活動拠点としている。彼女らは各々の執着対象やアプローチの手法に応じてオタクや腐女子、あるいは絵描き、字書きなどと呼ばれる。これらすべてに共通する要素として、極度に簡素化された言葉遣い、スラングや定型句の多用、執着対象への強烈な感情の隆起と、裏腹に垣間見える現実世界への敵意ないしは無関心……などが挙げられる。 Read more

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