入社当日、または数日目にして早くも退職を果たした新卒社員が続々現れていると言う。巷ではこれを若者特有のタイパ思考などと世代論にまとめて扱う傾向が強いが、新卒者の早期退職率は昔から今まで概ね横ばい(約3割)で目立った変化はなく、少なくとも統計上からは各世代の内的な性質に因る特徴は見られない。あえて想像するなら、かえって雇用形態が曖昧だった昔の方が「あいつはトンだ」「フケた」と濁して突然消える向きがありそうに思える。もっとも手軽なはずのスキマバイトの類にもスマートフォンが必須とされ契約に個人情報が求められる今時と異なり、当時は港町やドヤ街に赴けば住所不定無職の風来坊でも難なく仕事にありつけたと聞く。だとしたら、昔には昔なりの早期退職の姿があってもおかしくはない。
前回 の続き。スーツスタイルをやっていくからにはやはりネクタイは欠かせない。当初は横着してノーネクタイ前提のコーディネートを考えていたが、いざ立派なセットアップを身に着けると物足りなさを感じたのだ。今更ながらクラシックなファッションを順当に追っていくと、なぜそこにそれが必要なのかが直感的に分かってくる。本当に需要のない装飾であれば現在まで存続していないだろう。しかし今時はクールビズやビジネスルールの緩和化に伴い、平日の通勤時間帯でもスーツ姿にノーネクタイの人たちをよく見かける。今では誰も彼もがしている服装とはいえ、あくまでこれは「当たり前になった」のであって「カッコよくなった」わけではないところに留意する必要がある。真剣に伝統を追い求めるからには歴史の積み重ねに忠実でなければならない。
先週末、ついに本命ピアスが届いた。丸一ヶ月も待った甲斐があり、ケースから現れたそれは僕の目論見通りの端正な造形美を湛えていた。ピアスは肌身に着ける装飾品の中でも特に最小の部類に位置するにもかかわらず、その凝縮された美しさゆえに極めて強大な文脈を蓄えることができる。ここで重要なのは文脈を創出するのは必ずしも装飾品の作り手ではなく、それを身に着ける者にも可能なところだ。事実、僕が買ったのは「スクエアデザインのチタンピアス」 という文言以外には大した説明がなく、これから書き記す事柄はどれも僕が勝手に作り出した代物に過ぎない。しかし、どんな内容であれ独自の物語を備えた装飾品は、その瞬間から持ち主にとっては他の既製品を超えた輝きを放ちはじめるのである。
前回 の新シリーズ。鞄と靴を一通り刷新せしめたので次はテーラードジャケットとトラウザー、すなわちスーツを手に入れる。こういう話をすると周りからは大抵怪訝な顔をされる。「せっかく背広など纏わずに済む身分なのに、ずいぶん面倒な真似をするぢゃないか」とは友人の弁。だが、僕は三十路過ぎまで生きてきて自分の性癖を十分に理解した。僕は面倒くさいのが好きなのだ。今こうして書いている文章からしてそうだ。わざわざ面倒くさいLinuxディストリビューションを立ち上げ、面倒くさいウインドウマネージャ上で面倒くさいエディタを使って面倒くさい自作キーボードを叩いて面倒くさい言い回しでブログをしたためている。このブログ自体も面倒くさい方法で構築されている。家に帰ったらまずは革鞄と革靴をブラッシングする。月一でクリームも塗る。