過去記事を読み返すと3年前にこういう記事 を書いていた。あれから僕の食生活はさらに改善が進み、ついに食卓から白米を放逐せしめるまでに至った。白米を――放逐する――日本の食生活に慣れ親しんだ人間がそんな大それたことを言い出すと、いかにも鼻持ちならない健康志向のロハスだが、僕にとって問題なのは単純な健康の良し悪しではない。
たとえば僕は二郎が好きだ。あの、ラーメン二郎である。グルテンフリーのロハスどもが全員裸足で逃げ出して、ひと汗かいて家に帰るようなおぞましいジャンクフードだ。曲がりなりにも健康に気を遣う人間が口にすべき食べ物では決してない。ところが、僕はこれを月に最低2回は食べている。他にも揚げ物だって食べているし、手間暇をかけて身体に悪そうなメニューも色々と作っている。
中年男性がハマりがちな趣味というものがいくつか存在する。蕎麦、チャーハン、パスタ、カレー……そしてコーヒー。多分に漏れず、僕も30歳に相成る過程でそれらすべてにしっかりハマってきた。だが、コーヒーだけは最後の一線に踏みとどまってこらえていた。なぜなら、生豆とさして変わらない価格で最高の焙煎を行う店があったからである。
横砂園 と名乗るその店は、コモディティの手頃な品種からスペシャルティの高級銘柄まで幅広く網羅していながら焙煎度合いも選べて、注文した当日中に発送もしてのける圧巻のホスピタリティとコストパフォーマンスを兼ね備えていた。今思えばありえない話だ。通常、どんなサービスや商品であっても速い、安い、良いのうち同時に二つしか満たせない。
僕はもっぱらコーヒーをハンドドリップで淹れている。言うまでもなく僕にとって最高の抽出法だからだ。フレンチプレスやらサイフォンやらに色々と手を出しても結局はハンドドリップに帰ってきた。これこそが王道の味に違いない。淹れ方はいくつあっても構わないが、王は一人いればいい。ところがそんな王者でも絶対に叶えられない味わいがある。
そいつはカフェラテだとかカプチーノだとかいう気取ったイタリア野郎の顔をしている。やつらは下地にエスプレッソを使う。エスプレッソは圧力をかけて抽出する特別に濃厚なコーヒーゆえ、ハンドドリップでは逆立ちしても同じ濃さにはならない。普通のコーヒーにミルクを注いでも、それはカフェラテではなくカフェオレと呼ばれる。土台となる苦味が足らないからか、カフェオレはどうあがいても中途半端な味わいに留まってしまう。
今はもう過ぎ去りしゴールデンウィークの思い出。さすがに外出がランニングと買い物だけなのはどうかと考えて、ぶらっと散歩をした。道中で見つけた新規開店らしき『メロンパン専門店』にまんまと数枚の硬貨を剥ぎ取られ、帰宅してさっそくホカホカのそれを齧る。積年の記憶から縁遠い柔らかな食感と上品な甘さに僕は思わず顔をしかめた。
メロンパンというのはもっと表皮がゴツゴツとしていて、口腔内の水分をたちどころに収奪せしめる代物ではなかったか? いま食べているこいつはメロンパンとは名ばかりの高級菓子パンだ。生意気にも中にカスタードクリームまで入ってやがる。なんとまあ嫌らしい。それはそれとして味はたいへん美味しかったので2個買ってきたメロンパンはいずれも瞬時に胃袋に収まった。