特に読まなくてもいい三文小説 かつては高層ビルの一部だったと思われるその地下階には、わずかながら備蓄食糧が残っていた。きっと以前は大量に用意されていたのだろう。私は手持ちの雑嚢に二、三個ばかりの缶詰を押し込み、急ぎ地上に帰還した。食糧がありそうな場所には賊が現れやすい。いざとなればこの肩に回した小銃――の模型――しかも廃材を組み合わせて作ったガラクタ――にものを言わせる手もあるが、向こうの頭数次第ではそれも通用しなくなる。被弾覚悟で襲ってくる恐れが否めないからだ。そして万が一、模型とバレた暁には――私は倒壊した複数のビルによって形成された裏道を歩きながら、ひとり身震いした。西暦2037年。未曾有の大災害から十余年経つ。生活のほとんどを電子やギアの運動から成る産物に依存していた私たちの世界は速やかに崩壊した。当時の私はプログラマを志す学生だったが、もうその夢が叶うことはない。日々、生きるための糧を探してさまよい歩くだけの些末な人生だ。様々な地下施設を巡る過程で稀にコンピュータの残骸を見かける時があっても、もはや私の心は微動だにしない。いま私がもっとも欲しいのは確実に腹と脳髄を満たしてくれる糖分……一枚の板チョコでもあれば、他にはなにもいらない。
昼下がりの静寂を突き破るがごとく打ち鳴らされたチャイムに、僕は結構な怒りを覚えつつ応じた。例えるなら「はあい」と「あ゛あ゛?」の中間をとったぐらいの感じだ。やや大げさにドアを開け放つと、そこにはいつか見たような顔つきの老人が立っていた。記憶は曖昧だがきっと同じ階の住民に違いない。瞬時に公共的な表情を取り繕った僕に、それを知ってか知らずか老人はぶっきらぼうに言った。「あんたに決まったから」「はい?」「自治会の」「ん?」「アレの係にだよ」「……と申しますと?」会話を三往復したのに有益な情報はてんで手に入らなかった。いまいち要領を得ないなと訝しんでいると、驚くべきことに当の老人はもっと呆れた顔をしていた。どうやら要領を得ていないのは僕の方だと考えているらしい。歪んだ形の口元からハア、とため息を漏らすのが聞こえた。「あんた、ここ住んで何年目?」「今年からなので……まあ、半年くらいですかね」「ここに入った時の契約書覚えてる? 自治会に強制加入なんだけども」「ええ、それはもう、はい」言われて初めて思い出したのは内緒だ。自治会という組織があれこれやっているのは知っているが、その一員に僕が数えられていたのは正直言って心外でしかない。こういうのってボランティア活動とかが好きな人たちの間で勝手に回っているものじゃないのか。
少子化はなにも日本に限った話ではない。中国や韓国もそうだし、アメリカやEUもそうだ。およそ先進国とは呼べない経済規模の国でさえ、出生率は減少傾向にある。極めつけは上記の画像だ。13億人超もの国民を誇り、間もなく中国の人口をも抜くと言われているあのインドが、とうとう人口置換水準を下回ったのである。人口置換水準とは文字通り、その地域において人口を維持できる合計特殊出生率の値を表している。大抵は2.0とちょっとをキープできていれば均衡的と見なされるが、件のインドの数値はジャスト2.0。つまり今後これが回復しなければ、インドはいつの日か少子化に突入してしまうのだ。かの巨大国家でも人口減少には抗えない。この絶望的な事実をどう捉えるべきかちょっと考えてみたい。
本エントリではarchinstallを利用したArch Linuxの導入手順を説明する。今月1日にアップデートされたこの補助インストーラは以前と比べてインターフェイスが格段に簡便化されており、あとはちょっとした画像とテキストがあれば多くのユーザが導入に踏み出せると見込んだ次第である。したがってArch Linuxの魅力、美点については他のブログ等を参考にしてもらうこととして、ここではあくまで導入手順のみを記す。なお、Arch LinuxのUSBインストールメディア は既に用意されているものとする。