2023/05/14

論評「NOPE」:空飛ぶ円盤に今時マジになる

数ある都市伝説やSFの類型でも「空飛ぶ円盤」ほど古典的なものはそうない。いわゆるUFOってやつだ。歴史を遡れば世界大戦にすら登場しているぐらいだから、きっと古事記にも載っているのだろう。ところで僕はUFOと聞くと、なぜかいつもアメリカの田舎の牧場が思い浮かぶ。夜中になるとUFOがふわふわとやってきて、牧場の牛を吸い上げてしまうんだ。おそらくはこれも人生のどこかで挿入されたステレオタイプに違いない。 当然、映画史においてもUFOは長らく主力の題材であり続けた。SFはもちろん、ホラーにしてもよし、ファンタジーにしてもまあよし、なんならどのジャンルだって構わない。初っ端から派手に地球を爆撃してもいいし、思わせぶりに出たり隠れたりしてもいい。こんな好都合なものがアルファベット3文字で表せて、世界中のどの老若男女にもおおむね同一のイメージを想起させるなんて滅多になさそうな話だ。 Read more

2023/05/05

メールサーバ再考

以前にこういう話があった。かいつまむとVPSの運用を放棄したために他のメールサーバを探さなければいけなくなったのだ。僕はすでに独自ドメインのメールアドレスを12年以上運用しており、今さらGmailなどのフリーメールに鞍替えする余地は残されていない。そこで、前回の時点で最終的に選んだホスティングサービスがmailbox.orgというところだった。 このサービスの嬉しさは価格が圧倒的に安いことだ。わずか月額1ユーロでIMAP/POPアクセス可能、かつSPF/DKIM/DMARC対応。要するにSparkやThunderbirdといったメールクライアントから利用できて、重要なセキュリティ関連の認証にも対応している。とりわけ後者は必要不可欠だ。グレーの公衆電話でインターネットをしていた時代ならいざ知らず、今時これらに未対応のメールは即刻迷惑メールボックス送りにされても文句は言えない。 Read more

2023/04/30

Entering

 あれは保健の時間のことだった。はっきりと覚えている。ただでさえ学年合同授業はちょっとした珍事だ。ひんやりとするアルミ天板の大きな机が並ぶ総合室で、年老いた先生がのろのろと聴診器を配っていた。聴診器は隣り合った子と二人一組の割り当てらしく、僕は不用意にくるくる回る円形のスツールを両手でがっちりと抑えながら相手の子と向き合った。その子はさらなる慎重さでスツールの回転機構への不信任を露わにして、一旦立ちあがってから姿勢を変えて座り直した。 先生の話によると、今日は心臓の動きを観察する授業とのことだった。告げられたページをめくろうと机の上に手を伸ばすと、相手の子が「ううん、私が」と言って教科書を開いて見せてくれた。ポップでコミカルな外枠のデザインとは裏腹に、聴診器をあてがわれた人体図の写実感は少々不気味ですらある。目をそらすと相手の子の名札が視界に入った。千佳ちゃんと言うようだった。 「うえーい」 遠くの方でガキ大将のバイソンがスツールを高速回転させて、取り巻きとはしゃぐ大声が聞こえた。さっそく先生はのそっと腰を浮かせて注意に向かったが、このぶんだと彼の場所までたどり着く前に定年退職を迎えそうな印象を受けた。案の定、バイソンの悪ふざけを皮切りに治安が乱れて、ちらほらと雑談を交わしたり立ち歩いたりする子たちが現れはじめた。 「ねえ、どっちから先に聴く?」 一方、千佳ちゃんはあくまで授業に倣う姿勢を崩さず、僕も連中と一緒になって騒ぐ道理などみじんもないと思っていたので「ウーン、じゃあ僕が」と答えた。親切にも広げてくれていたページの図解を頼りに聴診器を身に着けようとすると、そこへつかつかと足早に別の子が歩いてきた。 唇を一文字にぎゅっと結んで迫るその子は、あたかも決闘を挑むかのような面持ちで千佳ちゃんに短く言った。 「どいて」 これは明らかなる命令である。お願いではない。突然降って湧いた上下関係に千佳ちゃんが動揺していると、その子はやや鋭角な目元をさらに釣りあげてキッと睨んだ。じきに雌雄が決したらしい――二人とも女の子だけども――千佳ちゃんはおずおずと立ちあがって脇にのき、代わりに件の子が勢いよくどすんと座った。 改めて正面から見ると、僕はこの子のことをだんだん思い出してきた。肩までかかる長いまっすぐな髪の毛に足を組んだ乱暴な姿勢の取り合わせは千佳ちゃんとはなにもかも対照的だ。間違いなくこの子は回転式スツールをわざわざ手で抑えたりしないし、立って自分の姿勢を変えたりもしない。 「ほら、さっさと聴診器をつけて」 そんな彼女と出会ったのは、などと頭の片隅で回想を並走させながら、僕は鞭を打つようなぴしゃりとした声に急かされて胸を張る彼女に聴診器をあてがった。すると、耳に伝わってきたのは意外にもか細い心臓の鼓動だった。驚いて目を上げると尊大そうな一文字の口元が映ったが、やはり心拍は弱々しかった。 「ちょっと、なんとか言ったらどうなの」 片耳で微かな鼓動、もう片方の耳で鞭を打つような声を聴いた刹那に、僕はどうしようもなく形容しがたい感情に侵された。答えあぐねているうちにその子は「あーもういい!」と座った時と同じ勢いで立ちあがり、ずかずかと遠ざかっていった。まだ僕はなんらかの未知の感情に侵襲された感覚を味わっていて、我に返ったのは千佳ちゃんに「ねえ、大丈夫?」と声をかけられた時だった。 ほどなくして千佳ちゃんの心臓の音も聴くと、たちまち力強い和太鼓のごとき響鳴が頭蓋を満たした。目をやると鮮やかな緑のスカートの両端を手でぎゅっと掴んで、恥ずかしげに笑みを浮かべている。なぜだか僕はこの瞬間、千佳ちゃんに対する関心が急速に薄れていくのを感じた。 Read more

2023/04/15

Blueskyの一ヶ月前史

Blueskyに登録して今日で一ヶ月と十日が経過した。といっても、iOS端末を持たない身分の僕に最初の十日はあってなかったようなものだ。今でこそ公式のWebクライアントがリリースされ、それを凌ぐ利便性を備えた非公式クライアントが群雄割拠しているが、当時はかろうじて投稿が行える程度に留まっていた。 やむをえず交流を諦めて排便記録を投稿していると徐々に各種クライアントの機能が充実してきて、じきにフォロワー欄を確認できる形になった。ありがたいことにもう数名からフォローを頂いている。とはいえフォロワー欄を確認できてもフォローボタンがまだ実装されていなかったため、仕方がなく僕は排便記録を続行した。 Read more

2023/04/07

選挙カーは無気力な僕らの代償

僕が住むマンションの一室は二車線道路に面している。窓を覗くと中学校の校庭が一望できて、歩道は街路樹の占有部分を差し引いてもだいぶ広い。別に立地環境を自慢しているわけではない。これが選挙カーにとっていかにうってつけかを説明している。今は統一地方選挙の真っ最中だ。 住宅地なのに二車線道路が通っているおかげで選挙カーをゆっくり走らせても邪魔になりにくく、歩道が広いため往来者も多い。最寄り駅にもほぼ地続きだ。拡声器でもってアンプリファイアされた大音声はマンションの各部屋に届くのみならず、未来の有権者が集う学校にまでも行き渡る。こんな理想的な場所で選挙カーを走らせない手はない。そんなわけで在宅勤務者の僕は、ここのところ日がな一日彼ら彼女らの声を聞かされている。 Read more

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