今でも思い出に残っているのは、指先に残るわら半紙の感触。言われるままにピンと立てた人差し指を滑らせると、横にいるお父さんが耳元に語りかけてくれる。「そうら、そこがゲオルゲン通りだ。そこを右に曲がると――」私は言葉を遮って大声で答えた。「レオポルト通りね!おしゃれなお店がいっぱいあるの」「そうだ、いつかお前もそこで立派なドレスを買ってもらえるようになる」耳の奥底からあまりにも聞き慣れすぎた高周波音が徐々に近づいているが、まだ私は喋っている。「でも、私が着たってしょうがないわ。どうせ分からないもの」「そんなことはないよ。立派なお洋服は着るだけで分かるんだ」記憶の中の私はいっそう声を張り上げる。「じゃあ、今、欲しい」「今は……難しいかな。そういうお店はどこも閉まっている」「どうして?」「……みんな、他のことで忙しいんだ。さあ、指がお留守だぞ」私の指先がぐんぐんと先に進み、ルートヴィヒ通りを過ぎる頃には高周波音は耳を覆い尽くさんばかりだった。「ずっとだ、そう、ずっと、さあ、広場に着いたぞ。どこだか分かるかな?」思わず、私は轟音に負けないように大声で叫んでいた。「マリエン広場!私と同じ名前の――」
ことの始まりは昨年の冬、郵便受けに入っていた一枚の檄文からだった。そこには、ある人物がマンション自治会の次期会長に立候補する旨が記されていた。以前から折に触れて書いているように、僕は埼玉のとある団地に住んでいる。建物は古いとはいえ駅まで徒歩10分、大型スーパーまでは5分足らず、近隣には繁華街もあるなど周辺環境が非常に良く、その割に家賃も安い。代わりに、マンション自治会への参画が半ば義務付けられている。各階の住民は毎年2人ずつ「代議員」と呼ばれる広義の生贄を選び、自治会に供出しなければならない。代議員の仕事は自治会費の徴収や連絡事項の伝達をはじめとしてかなり多岐にわたる。同じ階に新しい住民が入居した際には案内役を務めることもある。
それにしても腹が減る。僕は毎日ご飯のことを考えて生きている。朝ご飯を食べながら昼ご飯に食べるものを考え、昼ご飯の時は晩ご飯のことを考える。時計の長針が一周するたび、胃袋が蠕動してしきりに集中をかき乱す。一体、なんでこんなに腹が減るのだろう。待ちに待った食事時。地下牢から脱獄した直後かと見紛う切迫感を抱えつつも、なるべく時間をかけて食べようとする。よく噛むのはもちろん健康のためでもあるが、そうしないとすぐに腹が減ってしまうからだ。なによりせっかくの食事をあっという間に済ませてしまうのは惜しい。
かつて僕の友達に「コメディ専」がいた。文字通り、コメディしか書かない。学内のありとあらゆる文芸サークルや合同誌企画に出没しては、矢継ぎ早にコメディ作品を投下していく誠に恐るべき人物であった。というのも、あからさまにシリアス路線の企画ばかり狙い撃ちにしていたからだ。その内容ときたら寄稿者たちが念頭に置いているであろうテーマや価値観を殊更に当てこすり、混ぜっ返し、笑い飛ばす意欲に長けており、うっかり紙面に目を通そうものならたちまち顔をしかめること請け合いの代物だった。輪をかけて恐ろしいのは、これらの作品がどれもそれなりに面白かったところである。