2025/04/23

野良ARG(代替現実ゲーム)の魅力

最近、ARG(代替現実ゲーム)の配信動画を観ている。ARGとは現実に存在するなんらかのコンテンツに操作介入を行い、得られた情報をもとに攻略を進めていくゲームのことだ。コンテンツの種類はWebサイトをはじめとして、自宅に送付されてくる財布や日記帳、給与明細など多岐にわたる。 中でも僕のお気に入りは『愛宝学園かがみの特殊少年更生施設』だ。Webページ上で情報を探索して段階的に謎が解き明かされていく仕掛けが物語の没入感を一層高めている。正直なところ、こういった話を一本の小説で読んでもさほど感心しなかったと思われる。この手の筋書きは巷にありふれているからだ。 しかし、情報のみが存在していて語り手が不在というジャンルの特徴、物語の真相に辿り着くためにおのずと深読みを試みる仕様が実態以上の中毒性を引き出している。小説でも「読みだしたら止まらない」との惹句は頻出だが、ARGは主体的に対象物を操作する特性上、完璧に解き終えるまではなにをしていても現実と地続きの感覚がついて回る。 Read more

2025/04/14

論評「漁村の片隅で」:特権性の自覚

誰しも己の特権性を自覚するのは辛いものだ。自分の成功はまるきり自分ひとりの手柄だと信じ込みたいし、逆に自分の失敗は不運や周囲の環境、ひいては社会や国家に帰責したくなる。たぶん、いくらかは双方ともに事実なのだろう。卓越した成功は相応に自己研鑽ゆえであり、愚かな失敗は相応に不運や環境が招いている。現代社会の成り立ちは複雑怪奇でどんな成功や失敗も一人では抱えきれない。 しかし、あまりにも奇跡的な実例を目の当たりするとそういう中庸っぽい考え方がただの御為ごかしにしか感じられなくなってしまう。「みんな辛いのは同じなんだ」と先進国の中心で熱唱すれば肩を組んで一致団結できるかと思いきや、世界の片隅に属する人々の辛さは明らかに同等ではない。我々が空気を吸うかのごとく得ている物事が、彼ら彼女らにとっては宝石に値するほど得難い贅沢品なのだ。本作の物語はそれをまざまざと体現している。 Read more

2025/04/03

いずれすべてが代行される

入社当日、または数日目にして早くも退職を果たした新卒社員が続々現れていると言う。巷ではこれを若者特有のタイパ思考などと世代論にまとめて扱う傾向が強いが、新卒者の早期退職率は昔から今まで概ね横ばい(約3割)で目立った変化はなく、少なくとも統計上からは各世代の内的な性質に因る特徴は見られない。 あえて想像するなら、かえって雇用形態が曖昧だった昔の方が「あいつはトンだ」「フケた」と濁して突然消える向きがありそうに思える。もっとも手軽なはずのスキマバイトの類にもスマートフォンが必須とされ契約に個人情報が求められる今時と異なり、当時は港町やドヤ街に赴けば住所不定無職の風来坊でも難なく仕事にありつけたと聞く。だとしたら、昔には昔なりの早期退職の姿があってもおかしくはない。 Read more

2025/03/27

生地探しの旅Ⅱ:クラシックかつロック

前回の続き。スーツスタイルをやっていくからにはやはりネクタイは欠かせない。当初は横着してノーネクタイ前提のコーディネートを考えていたが、いざ立派なセットアップを身に着けると物足りなさを感じたのだ。今更ながらクラシックなファッションを順当に追っていくと、なぜそこにそれが必要なのかが直感的に分かってくる。本当に需要のない装飾であれば現在まで存続していないだろう。 しかし今時はクールビズやビジネスルールの緩和化に伴い、平日の通勤時間帯でもスーツ姿にノーネクタイの人たちをよく見かける。今では誰も彼もがしている服装とはいえ、あくまでこれは「当たり前になった」のであって「カッコよくなった」わけではないところに留意する必要がある。真剣に伝統を追い求めるからには歴史の積み重ねに忠実でなければならない。 あるいは、考え方によってはむしろお堅い伝統美こそが反抗的なのかもしれない。スーツ・ネクタイを強制的に着用させられている人たちと、着なくてもよくなったので着ていない人々が大勢を占めている今日において、自らの意思でスーツ・ネクタイを完璧に着こなそうとする人は昔ほど多くはいない。年々厳しさを増す日本の気候も相まって、機能性を捨て去った昔ながらの服飾はおのずと逆張りの文脈を帯びはじめる。 Read more

2025/03/19

自己認識の強化

先週末、ついに本命ピアスが届いた。丸一ヶ月も待った甲斐があり、ケースから現れたそれは僕の目論見通りの端正な造形美を湛えていた。ピアスは肌身に着ける装飾品の中でも特に最小の部類に位置するにもかかわらず、その凝縮された美しさゆえに極めて強大な文脈を蓄えることができる。 ここで重要なのは文脈を創出するのは必ずしも装飾品の作り手ではなく、それを身に着ける者にも可能なところだ。事実、僕が買ったのは「スクエアデザインのチタンピアス」という文言以外には大した説明がなく、これから書き記す事柄はどれも僕が勝手に作り出した代物に過ぎない。しかし、どんな内容であれ独自の物語を備えた装飾品は、その瞬間から持ち主にとっては他の既製品を超えた輝きを放ちはじめるのである。 さて、僕は今回の邂逅を通じてある種の情報工学的な文脈を三つほど見出した。結果的にプログラマとしての自己認識を強化する機会に恵まれたと感じている。まず第一に、このピアスが四角い枠を象っているところに着目してもらいたい。 Read more

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