2024/11/12

身体感覚を取り戻すために

実はこないだから日記をしたためていた。このブログとは別の、紙にペンで書く方だ。毎日、手近なメモ帳に300文字ほど書きなぐっている。なにかを始めようとする時、やたらと形を整えるのはあまり良い筋ではない。モチベーションを行為ではなく形式に委ねてしまうと、その枠から外れた途端に継続力を失うからだ。 一ヶ月ちょっと経ち、もともと使い古していたメモ帳を使いきった。改めて読み返すと、日を追うごとに文面がやや長く技巧を帯びているのが分かる。なにしろ手書きはundoが効かないので、当初は書き損じを倦んで平易に表現せざるをえなかったのだ。だが、何週間も文字通り手を動かしていたおかげで指先と脳の間の経路が潤滑されたらしい。だいぶましになってきている。 Read more

2024/08/26

革探しの旅Ⅲ:ジッパーの逆襲

前回の精神的続編。たぶん旧作ファンに怒られる方の。一度決めたコンセプトを覆すのは辛いものだ。ある日、通勤用に愛用していた布鞄が裂けた。ラップトップが入り、他の携行品もぴったり収まる上に可愛い、すばらしい鞄だったのにここへきて弱点が露呈してしまった。誓って言うが直接なにかを当てたり擦ったりはしていない。上の画像は内側の左端だが右端もほぼ同様の有様だ。 もちろん補修はできる。せっかくなら裁ち革を用いた修繕を試そうと思い、すでに革素材を発注している。だが、どんな素材を用いようとも状況からみて応力が端に集中している以上、通勤用途にはもはや耐えられそうにない。今後は予備や雨天時など他の身の置きどころを考えてやる必要がある。 となると新たに鞄を発注しなければならず、材質はおのずと革製が選択される。長期的な耐久性において革を凌ぐ材質はそうない。コストパフォーマンスではナイロンが有利だが、加水分解という時の宿命からは逃れられない。製品サイクルの早さゆえデザイントレンドの影響も受けやすい。一方、革製品はそれ自体がトラディショナルな性質を持つ。きっと月面旅行でも使われるだろう。 Read more

2024/07/01

革探しの旅Ⅱ:必要にして十分な携行品

前回の精神的続編。革鞄は買わないと言っていたが、あれは嘘だ。幾度となく原宿の工房に通って選び抜いた一品が先週末、約2ヶ月の歳月を経てついに完成と相成った。この鞄には使う前にして僕のライフスタイルが詰まっている。なぜなら来る日も来る日も、工房のありとあらゆる鞄に携行品を出し入れして検討を重ねてきたからだ。そこには永久の課題が存在する。”僕は一体なにを持ち運べば事足りるのか?” 人によってはこの問いは愚問である。常に巨大なリュックサックを背負い、一切の荷物を受け入れられる大人物に引き算の理屈はない。たとえ中に半年に一度も使わない道具があったとしても、いざという時に役立てばそれで良しと鷹揚に構えられるのならどこにも差し障りはない。 他方、僕は持ち物にややシビアな性格だ。使わないかもしれないものを持つのは重さや大きさにかかわらず我慢ならない。かといって手ぶらで都市という名の戦場に赴くほどの武士(もののふ)ではない。最低限の装備は持っていきたい。プライベートにおいて、季節や状況によらずなにが必要にして十分な携行品なのか――鞄を選ぶにあたり、僕はずっとこのことを考え続けた。 Read more

2024/06/13

「しかし……」と末尾に付け加える

僕の新しい職場は田町にある。三田、港区と言い換えた方が通りがいいかもしれない。週の半分ほどここに通勤するたび、いかにも毛並みの良さそうな慶應義塾の学生や東京工業大学附属科学技術高等学校(権威はしばしば名前の長さや画数に宿る)らしき生徒たちの群れとすれ違う。 その時、薄暗い身分に生まれ落ちた自分が迫りくる才気の波に削り落とされ、人混みをくぐり抜けた後には骸と化しているのではないかと恐怖に駆られる。洗車機は巨大なブラシで車をピカピカに磨いてくれるが、自分が汚穢そのものだとしたら残るは無垢な白骨ばかりと相成る。 Read more

2024/03/18

0か1かはっきりしない方が得するんだよ

たまにはSNS上の騒動にも首を突っ込んでおく。先日、なにやら「焼肉の食べ放題で50人前の上タンを頼んだら店長にブチギレられた(大意)」とのポストが炎上していたらしい。この出来事をめぐって「食べ放題と言ったからには何人前であっても応じるべきだ」という意見と「常識をわきまえるべきだ」という意見が対立している。 根っからの全身インターネット人間であるところの性分としては、”常識”だとか”マナー”だとかを振りかざされるとやはり反射的に闘争心がわいてしまう。全身がインターネットでできているだけあってあらゆる物事は0か1かではっきりさせたいし、そうでないものは非論理的だと鮮やかに断罪したい。先の問題も「ルールがあるならすべて明文化すればいい」と言い切れば、いかにもすっきりできそうな気がする。 Read more

©2011 辻谷陸王 | Fediverse | Keyoxide | RSS | 小説