点と接線。

#essay

イーロン・マスクの尻舐めをやめられない

あからさまに炎上狙いの投稿がまんまと拡散せしめられている時、むしろ対立者の手によって行われている場合が多いように思う。よくもまあそんな日陰の冷えた石の裏みたいな投稿を見つけ出してきたものだなと感心せざるをえない。えてしてアカウント作成日が数ヶ月以内で、FFは数十人程度、投稿も数百程度だったりする。ひょっとしてわざわざ探し回っているのだろうか。ここ半年の間にアクティビスト然とした人たちがぼつぼつとFediverseに現れた。最初は滔々と天下国家を語ったり、社会に潜む偏見について仔細に書き綴っていたりするのだが、大抵あまり長くは持たない。Fediverseでの彼ら彼女らは明らかに精彩を欠いている。なんせ怒りのヴォルテージを加速させる憎い敵も、自身の投稿に称賛を寄せる頼もしい味方も、Xにしかいないのだから。あそこではせっせと土をほじくり返して拾ったキモい虫を見せびらかせば、みんなぎゃーぎゃーと騒いでくれる。

尻から10億番目のThreads所感

映画でも漫画でもよくある、主人公を散々苦しめた手強い悪役がさらに強い悪役に瞬殺されるシーン。どういうわけか僕はあれが好きだ。やっとの思いでしのいだ悪役をさらに上回る敵がいるという戦慄、恐怖、のみならず、その敵は同じ悪も容赦なく屠る冷酷さをも持ち合わせている。主人公たちは今後そういう強敵を相手にしなければならない……。実のところ、我々が目の当たりにしているのはそんな光景なのかもしれない。数々の事業を成功させ大富豪に登りつめたイーロン・マスクは今や、同様に栄華を極めるマーク・ザッカーバーグにひねり潰される寸前だ。SNSに巣食う悪辣な左翼を成敗してくれたと快哉を叫んでいたインターネットのオタクたちもずいぶん口数が減ってしまった。

GNU Social JP管理人 対 僕

「太陽を盗んだ男」という名作邦画がある。異常な理科教師が紆余曲折の末に自室で小型原爆を作って日本政府を脅す話なんだけども、原子力を太陽に例えたタイトルが素晴らしいのはもちろんのこととして企画段階で付けられた仮題も僕はけっこう好きなんだよね。 「日本 対 俺」 っていうんだけどさ。腹から声を出して読み上げるといかにもシュールで面白い。まあしかし現実はえてして地味なもので日本政府と戦った城戸誠とは及びもつかず、僕が今回挑んだのはGNU Social JPの管理人なわけだ。レスバなんて何年もしていなかったからずいぶん肩が凝ってしまった。本稿を読む人はGNU Social JPの管理人が何者かすでに知っているだろう。一口で言えばFediverse版のまとめサイトのような代物を運営している人物だ。

さようなら、いままで絵文字リアクションをありがとう

どうやら僕にとって絵文字リアクションは過ぎた代物でしかなかったらしい。もうすぐそれが通用しない場所に出戻ってしまうけれど、かつて僕の投稿を可愛いアイコンで彩ってくれた人々に感謝の意を表したい。なにしろこれから絵文字リアクションをぶっ叩く持論を展開するので、まずそう言っておかなければならない。AP実装で初めて絵文字リアクションに触れた場所は言わずもがな、Misskeyの旗艦インスタンスであるmisskey.ioだった。当時、絵文字リアクションがもたらす広範な表現様式に魅了されたのは確かであったし、ioのデータ消失事件をきっかけに移住を余儀なくされた後も「絵文字リアクション対応」は僕の中で常に一定のプライオリティを保っていた。